【閑話】第42話 五人目

「今日隣のクラス荒れてるらしいね」

「あー知ってる。未来のやつでしょ? 超意外」


 昼休み、自分の席で独り楽しくサンドイッチを食べていると、隣の席と斜め前の席の女子が話しているのが聞こえた。

 今朝からよく聞く話題だ。

 なんだっけ、隣のクラスの未来ちゃん?


 全然話したこともない人だけど、今日だけでいっぱい名前を聞いた。

 本人は学校を欠席しているらしい。

 いわゆる痴情の縺れってやつ。


「ね、黒森さんも知ってる? 昨日の話」

「……未来、ちゃんの話?」

「そうそう。元カレの千沙山君と揉めたらしいよ。なんでも昨日放課後の部活に未来が押し掛けたとか」

「部活?」

「うん、女子バスケ部。あー、そう言えば黒森さんバスケ部だったよね!? 同級生の千沙山君にコーチしてもらってるんでしょ? なんか色々驚きだよ」

「……」


 レタスだけを挟んだ味のしないサンドイッチを頬張りながら思い出す。

 そういえばあきらが以前メッセージを送ってきていたっけ。

 この前グループコミュニティに男が入ってきたが、あの人が噂の千沙山君だったのか。


「それおいしい?」

「まずい。弟に嫌がらせで入れるつもりだったのを間違えて自分のバッグに入れてた」

「自分で作ったの?」

「昨日からお母さん出張だから」


 話をしながら残りのサンドイッチを食べ終える。

 と、そこで隣の廊下を一際大きな影が横切った。


「あれだよ千沙山君」

「でか」

「百九十センチくらいあるんだって」

「……なるほど」


 それもあきらが言っていたような気がする。

 窓を開けてよく見ると、千沙山君の横にはあきらがいた。

 そこで幼馴染と言っていたのも思い出す。


「どしたの?」

「いや。なんでもない」


 千沙山柊喜、百九十センチか。

 あれなら、いけるかもしれない。


「すずも部活行ってみよ」

「え?」

「最近サボってたから」


 すずは今日から部活に復帰しようと決めた。


「なんか意外だよね。黒森さんってクールなのに一人称自分の名前って」

「ギャップあって可愛いよね」




 ◇




「ねーちゃん、せめてパンツくらい履けよ」

「やだ」

「幼児でも普通にできることだろ?」

「じゃあその幼児以下に昼食を用意してもらってるお前は何?」

「……はぁ、ここにパンツ置いとくぞ」


 居間に寝転がってラノベを読んでいたすずの目の前に、さっき脱いで放置していたパンツが置かれる。


「ってか普通に寝転がるな。邪魔」

「うるさい」

「ねーちゃんは無駄に身長デカいから邪魔なんだよ。あとケツがデカい」

「お尻の大きさは自慢。リバウンド争いの時に役立つ」

「あんた最近部活行ってないだろ……」


 あきれ顔で顔を覗き込んでくる弟。

 読書を妨げられて不快だ。


「どっか行け。集中できない」

「何読んでるんだよ。ラノベ? ねーちゃん昔っからそういうの好きだよなぁ」

「今読んでるのは超能力者の主人公がカップルの心をハックして別れさせる話」

「全然ライトじゃねぇ!」


 一々反応がやかましい奴だ。

 中学二年だし、そういうお年頃なのだろうか。


「あ、俺部活行くからパンツ履いとけよ」

「……そうだ部活」


 いつも通り下校して、家でだらけていて忘れていた。

 今日から部活に復帰しようと思っていたのだ。


 時計を見ると五時半を過ぎている。


「明日からでいっか」

「何が?」

「部活行くの」

「……珍しい」


 舐めた口ばかりきく弟を睨むために立ち上がる。

 まだすずより背が小さい弟を見下ろした。


「ちび」

「悪口のレベル低いな! あと俺が小さいんじゃなくてねーちゃんがデカいんだよ。えっと……今は百七十五くらい?」

「確かそのくらい」

「いつも言ってるよな。自分より背が低い男ばかりで恋愛対象がいないとか」


 頭の後ろで腕を組み、面白くなさそうに言う弟。

 だがすずはにやりと笑って見せた。


「いけるかも」

「え!?」

「ついに見つけた。追い求めていたデカブツを」


 そう、すずはずっと探していた。

 元々バスケ部に入ったのも、バスケなら背の高い男子と知り合えるかも……という期待が故だったし。

 だからこそ、低身長なイキりちびしかいないうちの男バスに失望し、部活へのモチベーションもなくなっていた。

 でも今は違う。

 ついに見つけた。

 すずの夢を叶えてくれるかもしれない男の子を。


「すず、ずっと夢があったの」

「なんだよ」

「自分よりおっきい男の子と、理想の身長差でキスしてみたいなって」

「……身長差?」

「十二センチが一番らしいよ。キスが上手い部活の先輩が言ってた」

「その先輩とキスしたのか?」

「うん。あの人可愛いしカッコいいし、好き」

「……気持ち悪いな。あとねーちゃん、もう高一なんだから一人称『すず』はやめてくれ」


 生意気を言う弟を絞殺さんと抱きしめながら思う。

 千沙山柊喜。

 彼はどんな人なんだろう。

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