第41話 冷やし中華
帰宅後ぼーっと座っていたら、来客がある。
誰なのかなんてわかりきっているため、俺は何のためらいもなくドアを開け放った。
「ご飯作りに来たよっ」
「いつもながら本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる俺に、大げさだなぁと呟きながらあきらが入ってくる。
今日は珍しく制服姿だ。
大体いつも着替えてくるのに。
まるで自分の家のように部屋へ進んでいくあきら。
彼女はそのままソファに座ると、俺を見つめた。
「どうした?」
「今日部活いけなくてごめんね」
「用があったんなら仕方ないさ。まぁ姫希と二人で大した練習はできなかったが、たまにはこういう日もいいだろう」
「昨日あんなことがあったしね」
体育館にやってきた元カノ。
うちの教え子に散々最低な事を言って消えていった。
「未来ちゃん、どうしたんだろ」
「元からだろ。あいつはずっと他人の気持ちなんて汲もうとしない」
「まぁ無神経なのは否めないけど、それだけじゃないじゃん。ほら、前に柊喜が話してた駅での話」
「……」
数か月前のデートでのことだ。
まだ未来も俺の事を好きだったと思われる五月のゴールデンウィークに、二人で店がたくさんある隣町の駅まで遊びに行った。
その時に迷子の男の子がいて。
『どうしたの? ママは?』
『いなくなっちゃった!』
『迷子かぁ。どこではぐれたの?』
『あそこの服屋さん』
『よしよし、お姉ちゃんが一緒に行ってあげるから。……あ、しゅー君はそこに居て』
『え?』
『デカいから目立つし、目印! 入れ違いにならないようにさ』
『お、おう……』
デートなのに俺なんか放置で迷子の母親探しに夢中になっていた未来。
結局その服屋で呑気に自分の服を眺めていたらしい母親をすぐに見つけたらしい。
俺の元へ帰ってきた未来はあっけらかんと言っていた。
『なんか服見てて子供がいないのも気付いてなかったっぽい』
『……マジか』
『ヤバいよね。しゅー君みたくデカいなら放置してても見つけられるけど』
『百九十センチの迷子は逆にキモいぞ』
『そーだね』
『……』
あきらの言葉に未来との思い出がよみがえる。
ついでに盛り上がらなかった会話も思い出して少し頭が痛くなった。
「未来ちゃん、優しくないわけじゃない。でも昨日のあれは最悪」
「そうだな」
「あ、ごめん。柊喜の元カノなのに酷い事言って」
「いいよ」
あきらと未来はそこそこ仲が良かったもんな。
色々思う所もあるだろう。
暗い話をしていても仕方ないため、お互いに気まずくて笑った。
と、そこであきらは自分の髪を触りながら呟く。
「髪切ろっかな」
「あー、運動もしやすいかもな」
「短くしよーっと」
「似合うんじゃないか?」
いつも通りそう言うと、あきらは含み笑いを浮かべた。
「可愛いかな?」
「あぁ。ってかお前は今のままでも十分可愛いけどな」
「あらら? 柊喜どうしたの? デレデレしちゃって可愛いね」
「はいはい」
思ったことを言っただけである。
あきらはそのまま聞いてきた。
「今日の練習は何をしたの?」
「姫希にレイアップを打たせた」
「二人っきりでそれだけ?」
「あぁ……あ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
つい姫希の言葉を思い出してしまった。
顔を赤らめて絞り出した色んな発言。
なんだか恥ずかしくなってくる。
「ふーん?」
「な、なんだよ」
「ううん。なんか顔が生き生きしてるから」
そう言われて自分の頬を触ってみた。
「そうか?」
「未来ちゃんにフラれて以降暗かった表情が、なんだか明るく見えるよ」
「完全に関係を断ち切ったから解放感があるんじゃないか?」
「そういう事にしといてあげる」
ソファから立ち上がってキッチンの方へ向かうあきら。
彼女は髪を結びながら、ボソッと言った。
「ね、覚えてる? 柊喜が中三の頃に言ってた好きな物」
「……あ、冷やし中華」
「今日はそれにしてあげる」
「ありがとう」
「えへへ。いいんだよ。私は柊喜の笑顔が見られればそれで」
「なんだそれ」
よくわからないことを言う奴だ。
それにしても、冷やし中華か。
好きになったのは中学三年生のとあることがきっかけだった。
当時、部活もせずに自暴自棄に過ごしていた俺は放課後にフラフラと出歩くことが多かった。
その際に寄ったコンビニで見たのだ。
絶世の美少女を。
短い髪のモデルみたいなお姉さん。
身長は当然俺より低かったが、スタイルの良い人だったと思う。
その人がレジに持って行っていたのが冷やし中華。
完全に一目ぼれだった。
それ以降、何かにつけてコンビニでは冷やし中華を買うようにした。
するといつの間にか冷やし中華そのものにハマっていた。
「懐かしいな」
自分の淡い恋心を思い出し、苦笑する。
結局その人と会うことは二度となかったし、なんなら高校での恋愛も盛大に失敗して。
だけど今こうして笑っていられるのは、あきらや姫希や先輩たちのおかげ。
「あきらには言ってたっけ?」
「何が?」
「俺が冷やし中華を好きになったきっかけ」
「勿論。何度も聞いたよ、モデルみたいなショート髪のお姉さんでしょ? あれ以降柊喜の好みもショートだったよね」
「そうだったかな」
全部言っていたのか。
となると恥ずかしいな……。
まぁ今となってはただの思い出話だし、なんなら冷やし中華熱も冷めている。
しかし、わざわざ俺の好みを覚えてくれて、それを作ってくれる幼馴染には礼を言わなきゃな。
「……ありがとな」
「なんか言ったー?」
「べ、別になんでもない!」
結局気恥ずかしくなって誤魔化した。
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