【閑話】第43話 復讐の復讐
学校に行く気分にはならなかった。
通知の溜まった連絡アプリのアイコンを見ながら、自室のベッドでただ無為に時間を浪費する。
昨日のことがずっとフラッシュバックした。
特に柊喜の『大大大っ嫌いだ!』という言葉が今も鮮明に思い出される。
声、表情、仕草、その場の温度。
どのくらい風が吹いていたとか、そういうのも全部忘れられない。
そして思い出す度に嫌な気持ちになる。
胸が張り裂けそうになる。
「確かに伏山さんにあんな事言ったのはダメだった」
自分でも反省点はある。
だけど、それ以上にわからない。
胸の内にある黒々としたもやもやの正体がわからない。
柊喜は、私の事を嫌っている。
ただそれだけのことなのに、何故か理解が追い付かない。
あんなに私の事を好きでいてくれた柊喜。
いつもご飯を奢ってくれて、どんなお願いにも基本的に答えようと頑張ってくれた。
そんな彼が、今ではもう私の事を嫌っている。
「あー、ほんとないわ」
天井を見ながら呟いた。
顔が重力に押し負けて溶けていくような気がする。
今頃きっとクラスでは大騒ぎだろう。
多分他のクラスにも拡散されて、私達の昨日の話は全員に聞かれているはず。
私も似たようなことをやっていたし、柊喜を責める気はない。
悪かったのは私だ。
だけど、やっぱり落ち着かない。
心の奥にある感情に名前を付けられない。
私は、柊喜の事が好きなの?
そのたった一つの疑問に対する答えが分からない。
勿論好きか嫌いかで言ったら好きだ。
デカすぎて目障りだし、つまらないし、陰キャだし。
でも逆に優しいところもいっぱい知っている。
付き合い続けるのは無理だと思ったが、本当に仲の良い友達だとは思っていた。
と、そこで自分の行動の矛盾にぶち当たる。
「なんで私、しゅー君と復縁しようとしてたの?」
自分でも不思議だ。
次の彼氏までの遊び相手くらいにしか思っていなかったはずなのに。
あれ……?
少し考えて、すぐに答えは出た。
「なにあいつ」
この感情は、恋愛感情ではない。
劣等感と、苛立ちだ。
こっちからやり直そうと言ってあげたのに、柊喜に選ばれなかったという事実が受け入れられず、そして縋っていただけだ。
これは恋じゃない。
そもそもおかしいじゃん。
どう考えても陰キャなあいつと私とじゃ釣り合わなかったし。
そう思うとイライラが全身を襲った。
「……お前が悪いんだからね」
時計を見るともうすぐ保護者が帰宅する時間だ。
今は会いたくなかったため、私はそのまま家を出た。
◇
時間を潰す場所も思い浮かばないまま歩いていると、バッグに入れていたスマホが振動する。
どうせ例の件に関してのメッセージだと思いながら通知を見た。
差出人は意外な人物だった。
「野球部の先輩じゃん。そう言えば田中って名前だったかも」
久々に見て名前を思い出しながら、既読をつけないようにメッセージを覗く。
するとそこには驚きの文字が。
「ふーん」
それは呼び出しのメッセージだった。
どうせ暇だったから、私は呼び出し場所に向かうことにした。
◇
「あ、未来ちゃんだよね? こんちゃす」
「どうも」
喫茶店に顔を出すと、うちの高校の制服を着た男が出迎えてくれる。
前髪がやたら長く、いわゆる雰囲気イケメンって感じ。
私は好きじゃないタイプだ。
正直これなら陰気な柊喜の方が顔も好み。
見渡すが例の先輩の姿はない。
ただこの人と私を繋げただけだったようだ。
「田中から話聞いたよ。千沙山って奴と揉めたんだろ?」
「そんな感じです」
「うんうん」
男子は腕を組みながら大きく何度か頷いた。
それを見ながら私はとりあえず注文したアイスコーヒーを飲んで、一息つく。
九月と言っても外はまだ暑い。
「そいつのこと憎い?」
「いや、全然」
「あれっ?」
私の言葉に変な声を漏らす男子。
彼は首を傾げながら慌てて聞いてきた。
「だ、だってあんなに悪口言われてさ。ムカつくじゃん?」
「確かに”何でこんな奴に”とは思ってますけど、私がやっちゃいけないことしたのも事実だし」
「え? 君ってそういう子だっけ? 田中から聞いた話とか動画で見たのとはギャップが……」
「は?」
なんだか困惑している目の前の人を見ながら、チューっとストローでコーヒーをまた一口。
そんな私の様子に男子はため息を吐いた。
「まぁいいや。オレ二年の竹原」
「へぇ」
「……もうちょっと興味持ってくれない?」
「タイプじゃないし、無理です」
「……なるほど。こういう感じね」
何かに納得したらしい竹原先輩は、コホンと咳払いをする。
そして言った。
「オレ、好きな子がいるんだ」
「そーなんですか」
「女バスの城井凛子ちゃんって子が好きなんだけど。あぁ、昨日もあの場にいた背の高い人ね」
「……あ、スーパーの」
先週スーパーで話しかけてくれた人だ。
めっちゃ美人で身長高くてカッコいいお姉さんだった。
あの人の事が好きなんだ。
「頑張ってください」
「いやいや、実はもう告白してフラれたんだよ」
「ん? おっけー貰うまで告白すれば良くないですか?」
「ハート強いね君。でもそうじゃないんだ。気になる人がいるからってフラれたから」
要するに邪魔な人がいるって事か。
今の私の状況に似てるかも。
いや、だから私は別に柊喜なんかに執着してないんだけど。
「その好きな奴ってのが、最近仲良くなった後輩君らしくてさ。背が高いって」
「……しゅー君」
「そうそう! 千沙山柊喜! あいつがちょっと邪魔なんだよ」
「じゃあしゅー君より身長伸ばさなきゃですね」
「違うだろ!」
飲み干したグラスをガンとテーブルに置く竹原先輩。
彼は私の手を強引に握って言った。
「頼む! 一緒に千沙山を潰さないか!?」
好きな人を奪うために、その人の想い人を潰す。
なるほど。
「え、無理」
「即答!?」
「だってなんかキモいし、しゅー君潰しても絶対そんな性格じゃ振り向いてもらえないと思うし」
「自分でもゴミだとは思ってるけど、君に性格を否定されるとは思わなかった」
「私性格悪いの?」
「何を今さら」
言われて驚いた。
人生で初めて言われたような気がする。
昨日の伏山さんへの言葉は我ながら良くないと思ってるけど。
「話ってそれだけ?」
「あ、あぁ」
「じゃー私は協力する気ないんで」
「お、おい! お前このままだとぼっちだぞ!? 千沙山に復讐しなくていいのかよ!?」
帰ろうとすると大きな声を出された。
うるさいなぁ。
私はふっと笑みをこぼし、そのまま竹原先輩を見つめて言った。
「仮にやり返すとしても一人でやります」
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