第38話 生温い

「は? こんなので終わらせるわけないじゃん」


 突如として聞こえた声に、俺たち五人は一斉に振り向く。

 そして後ろに立っていた女子の顔を見て絶句した。


「うちの部活をこんなにぐちゃぐちゃにしといて、『もういい』って何? あれで済むと思ってんのあいつ」


 色んな意味で驚きだ。

 まずはまさかこの人がこんな事を言うのかという驚き。

 そして口わっる……という驚き。


 静かにブチギレていたのはマネージャーの朝野先輩だった。


「千沙山君、これで終わりなんて生温い。あいつの性根は腐ってる」

「いや……」

「ほら、これ」


 朝野先輩は俺達にスマホの画面を見せる。

 小さなスピーカーからは、聞き覚えのある声が。


『『デカいから邪魔』『お前で十分だっての』『もーいらない』『先月くらいから彼氏いるんだよね』……全部言われた時は嫌な気持ちだった。でも何とか我慢したさ。お前の言う通り俺はつまらない人間だし、完璧な彼氏をしていたとも思わなかったから。だけどな、俺の事ならまだしも、俺の大事な仲間の悪口を言うのは絶対に許さない』


「どう? よく撮れてるでしょ?」

「こ、高画質だね~……」


 凛子先輩が震えながら呟くと、朝野先輩は俺にスマホを押し付けてくる。


「ほら」

「え?」

「拡散したら?」

「ど、どこにっすか?」

「クラスのグループに決まってるでしょ。今まで散々痛い目見たんでしょ? やり返す絶好の機会じゃん」

「……」


 クラスのグループにこの動画を投稿したらどうなるだろう。

 一瞬で拡散されて、とんでもないことになるはずだ。

 勿論どう足掻こうがクラスに今みたいな未来の居場所はなくなる。

 あいつは友達が多いが、こんなものを晒されても維持できるほど強固な席は有していない。

 クラスメイトが監視を担うことになるわけだから、確実に未来は俺にちょっかいをかけられなくなる。

 そして恐らく、クラスメイトの俺への当たり方も変わる。

 願ったり叶ったりだ。


 だがしかし……オーバーキル過ぎないか?

 そう思ってチラッと姫希の顔を見る。

 彼女は面白くなさそうに泣かされている自分の姿を見つめていた。

 くそ。


 もうどうでもいいや。

 やめろと言った事をしつこく繰り返し、面倒を起こしてきたのは向こうだ。

 そもそも俺はストーキングを含む諸々の件の精算も済んでいない。


 とりあえず先輩から動画を共有してもらい、保存する。

 いつでも拡散できる状態にスタンバイした。

 どうしよう。どうしてくれようこの状況。


「や、やめた方が良いんじゃ……。いやでも、流石にさっきのはダメですね。それにストーカーの件も……」

「確かに結構荒れそうだけど、このまま終われないよ。それにここでみんなに見てもらえば、柊喜君の事を追い回せなくなる牽制にもなるから」

「未来ちゃん、このままじゃ変わらない。クラスの人も事情知らないで柊喜のこと馬鹿にしてるし。事実を伝えるのは悪い事じゃない」

「あ、あたしを見ないでくれる? 好きにすればいいんじゃない? 君、ドМそうだしクラスで悪口言われるの気に入ってるんでしょ?」


 最後の一名の意見は完全否定だが、凛子先輩とあきらの言う通りだ。

 このままじゃあいつは変わらない。

 人の気持ちを汲み取れないクズのままだ。

 そもそも、俺だって散々嫌な目に遭ってきた。

 一度同じ目に遭ってもらうのは悪くない。


 よし、やるしかないか……。


 動画を選択し、あとワンタッチすれば拡散という所まで準備する。

 ここで一度深呼吸。

 大きく鼻で吸って、口から――。


「えいっ」

「ああぁぁぁぁぁぁッ!」


 心の準備をしている間に、朝野先輩にタップされた。

 あっさりと送信される動画。

 そして次々につく既読。


「よし、これで終わり。やられたらやり返されるんだよ、この世は」

「……常識ですね」

「そうそう」


 朝野先輩、思ったのと違う本性が垣間見えたり。

 だがしかし、正論でもある。

 俺は情に弱いフリをしたただのビビりだ。


 一瞬で増えていく既読数に俺は手を震わせる。


「あ!」

「なんだ姫希、大声出して」

「これ、あたしが泣いてるのも拡散されてるじゃないのよ!」

「……」

「ちょ、消しなさい! 消しなさいって!」

「おいやめろ! スマホ壊れる!」


 無理やり奪おうとしてくるので、腕を大きく上げて追撃を防ぐ。

 これが高身長が為せる最大の防御だ。

 と、スマホのトーク画面に異様な文字が。


「『未来が退会しました』……?」

「ふーん、逃げたんだあいつ」

「柊喜クンは理不尽なクラスでも逃げずにサンドバッグやってたのに」

「言い回しに棘を感じる」


 イラっとしたので姫希の肩を軽くタップしたが、すぐに手に汗がべちょっとついて不快になった。


『え? なにこれ』というクラスメイトの困惑メッセージを見ながら、俺達は顔を見合わせる。


「えーっと……。これからはストーカー被害に悩まされずに済みそうですね! おめでとうございます! さて、片付けますよ~」

「絶対締めの言葉それじゃないっす」

「うぎっ。わたしも違うなぁとは思ってました……」


 キャプテンのふざけた号令で、その日の練習は終わった。

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