第37話 もういい

「やり直そうって、言ってたよな。何度でも言うが、俺はお前ともう一度付き合う気はない。今日でより一層その決意は強くなった。帰れ」


 無慈悲な言葉が私の脳天に落ちてくる。

 ようやく気付いた。

 これは拒絶なんだと。千沙山柊喜は私の事をもう好きではないんだと気付いた。


 再三好きじゃないと言われていたが、正直理解していなかった。

 きっと以前の私の言葉に怒っているだけだと思っていた。

 謝ればわかってくれる。

 もう一度私に優しい柊喜が帰ってくると思っていた。


 だけど違った。

 もう彼の眼中にはこの子達しかいなくて。

 私は邪魔者。

 そりゃそうだよね。


 首をグッと上に向けて元カレの目を見ると、向こうから逸らされる。


 この前感じたのと同じ。

 また終わったんだ。

 私は、フラれたんだ。


 え? こいつにフラれたの?


 改めて自分の中で整理して、こんがらがった。

 いつの間に自分がフラれる側に回っていたんだろう。

 初めにフッたのは私だったはずなのに、立場が逆転している。

 確か先輩にフラれて暇だったからしばらく柊喜と遊ぼうと思って。

 だけど思った反応と違って。


 あれ、でもなんで私……。


 なんでこんな奴に、マジになってるんだろ。


 冷静になってさらに困惑した。

 私が柊喜に本気になってる? 好きなの? こいつの事が? え?


 ありえない。絶対そんなことありえない。

 何でこんな奴なんか。


 デカくて目障りで、つまんなくて。

 でも優しくて、いつも気遣ってくれて、文句一つ言わずになんでも尽くしてくれて。

 そんな柊喜が――。


「もういい」




 ‐‐‐




 俺の言葉に未来は何の返事もしない。

 じっと俺を見つめたまま黙って、そのまま数分が経過する。


「もういい」


 このままいつまで沈黙が続くのかと思っていたところ、未来の口から声が漏れた。


「え……」

「もういいよ。もう、わかったもん」

「は?」

「じゃあね」


 何の説明も無しに踵を返す未来。

 急に帰り始めるもんだから、俺は慌ててそれを止める。


「お、おい待てって!」

「……帰れって言ったのはお前じゃん」

「……せめて姫希に謝れ」

「ん」


 促すと、未来は姫希の方に近づいていく。

 若干赤い目で身構える姫希だが、未来はすんなり頭を下げた。


「ごめんね、変に突っかかっちゃって」

「……思ってもない事言わないでくれるかしら」

「許してくれない?」

「二度目よ、これで」

「え?」


 驚きの声を漏らす未来。

 同時に俺もびっくりした。


 と、姫希はため息を吐いた後に続けた。


「覚えてないのかしら。以前体育のバスケの時間にあたしのプレイを見て『えー? これで経験者なんだー』って言ったこと」

「……」

「もうちょっと人がどう思うかとか、考えなさいよ」

「ご、ごめん」

「ふん。……でも、あたしも一つ謝っておくわ。実は夏休みのあんた達の別れ話、全部聞いてたの」

「そっか」

「これでおあいこ」


 優しいのか何なのか、言わなくていい事まで言う奴だ。

 未来はそのまま去って行った。

 特に何の爆弾も残さずに、体育館から出て行った。


「あぁ。終わった……」


 俺の呟きを合図に、あきらは姫希に抱き着いた。


「ごめん! 大丈夫っ!?」

「……なんであんたが謝るのよ」

「余計な事言っちゃったから!」

「全然余計じゃないわよ。ありがと。大好きよ」

「私も好き~! 姫希大好き!」

「ちょ、ちょっと! やっぱそうでもないわ! 離れなさい!」


 いつも通りわちゃわちゃじゃれ合い始める二人。

 じっと眺めていると唯葉先輩が寄ってきた。


「大丈夫ですか?」

「……姫希、心配ですね」

「違いますよ。千沙山くんの方です」

「……言いたいことは言いました。二度と復縁なんて迫ってこないでしょう」

「だといいんですが。どうです? ストーカー慣れしてる先輩の意見は」

「僕の事を何だと思ってんのさ」


 唯葉先輩に話を振られた凛子先輩が苦笑する。


「まぁもう大丈夫でしょ。ただ、柊喜君はこれでいいの?」

「何がっすか?」

「いや、なんでもないや」


 煮えたぎらない事を言われてむずむずした。

 だけど、なんとなく言わんとすることが分からなくもない。

 結局俺は謝ってもらってないしな。


「ってか凛子先輩はストーカー慣れしてるんすか?」

「いや、まぁ……」

「そうなんです。凛子ったらモテるから何度か下校をですね」

「あー、言わなくていいから」


 慌てて唯葉先輩の口を塞ぐ凛子先輩。

 この人のこんな焦った様子は珍しいな。


「あ、あの」

「あ」


 よく見ると、姫希が俺の近くにいた。

 涙は完全に止まっている。


「大丈夫か? マジですまん。俺が変な事に巻き込んでしまったがために……」

「君のせいじゃないでしょ。全部あのクズが悪いのよ」

「……お前が未来の事を嫌いだって言ってたのは、何も食わず嫌いじゃなかったんだな」

「当たり前よ」


 実被害に基づく拒絶だったらしい。


「気にすんなよ。お前に才能がないなんてありえない」

「わかりやすい嘘をつくのね」

「嘘じゃねえよ。こんなに真摯に練習に取り組むのも才能だ。あと、成長速度の速さはお世辞抜きですげえよ。シュートは教えてないから苦手で当たり前だ」

「……ほんと?」

「あぁ。自慢の教え子だ」

「……ちょっとむかつく」


 またへそを曲げてしまった。

 相変わらず扱いの難しい選手だ。

 しかし、今回の件は俺のせいである。


 と、申し訳なさそうにしている俺に姫希は目を瞑ってイライラをアピールし始めた。


「あーもう! 悪いと思ってるなら、これからもしっかりコーチングしてくれるかしら!?」

「あぁ、勿論」

「たまにはご飯も奢りなさい」

「それは……考える」


 正直二つ目のお願いは聞きたくないが、仕方あるまい。


 こうして元カノ襲撃事件は幕を閉じようと……していた。


「は? こんなので終わらせるわけないじゃん」


 約一名、存在を忘れていた女子を除いて。

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