第36話 大大大っ嫌い

「なにやってるんだ、未来」


 俺が尋ねると、彼女は腕を組んだままスマホを見て言う。


「何って、女バスの見学だけど」

「……生憎だがうちの部活は見学の許可を出した覚えがない。邪魔だから帰ってくれ」

「なにそれ。あ、私に『デカいから邪魔』って言われたの根に持ってる? だから邪魔って言ってる?」

「いや、それは」

「まぁそんなのどーでもいいんだけど、さ」


 未来はそのままズカズカとコートに入ってきた。

 彼女の向かう先は俺ではなく、汗を拭いながら絶句している姫希の元だった。


「な、なによ」

「ううん。練習頑張ってるね」

「……ありがとう」


 どうすんの?という疑問を視線で投げかけてくる姫希だが、俺もどうすればいいのかわからない。

 と、未来はその直後にとんでもない爆弾発言をした。


「伏山さんって、もしかしてあんま上手くない?」

「ッ!?」

「あ、ごめん。別に意地悪で言ったわけじゃないんだよ」


 ヤバいと、俺の中の直感が訴えかけてくる。

 未来の顔を見ているとぞわぞわしてきた。


 こいつは二重人格を疑うレベルで表情が変わる時がある。

 俺をフッた日やこの前の個別練習を尾行し覗いていた日、そして今だ。

 まるで人でも殺すのかと言わんばかりの冷めた目つきで姫希を射抜く。


「でもさ、伏山さん、しゅー君の時間使ってるんだよね?」

「……」

「わざわざ放課後に付き合わせててさ」

「おい、未来! 何を――」

「お前は黙ってろよ」

「お、お前……?」


 久々のお前呼びに面食らってしまった。

 と、その間に未来は俯いていた姫希にとどめを刺す。


「才能ないんじゃない?」

「……」


 言ってしまった。

 一番言ってはいけないことを、未来は言ってしまった。


「人に迷惑かけてるわけだし、さ。ね?」

「……」

「ってか、練習後にマンツーマンで指導してもらって、あんなシュート外すとかありえなくない?」


 未来は姫希の手からボールを取る。

 それを数回ついて、レイアップシュートをした。

 ボールはバックボードに綺麗な角度で辺り、見事にネットを揺らす。

 正直、姫希のそれより上手だった。


 そう言えばこいつは運動ができたんだっけか。

 未経験とは思えないパフォーマンスを披露した未来は、そのまま言う。


「ね、こんなの誰でも出来るよ?」

「ふざけないで!」


 俺より先に声を上げるあきら。


「え、あきらちゃんに言ってないよ?」

「人の努力を馬鹿にしないで!」

「馬鹿にしてないけど。でも無駄な努力で人の時間を食いつぶすのは良くない事だって、教えてあげないと」

「無駄な努力なんかじゃない!」

「あー、言い方が回りくどかったかな」


 未来は俺をちらっと見た。


「無駄な練習でしゅー君拘束するのやめて欲しいだけ。しゅー君を返してって言ってるんだけど」

「……っ! 未来ちゃ――」

「俺は元々お前のもんじゃねーよ」


 正直今までは自分の中にストッパーがあった。

 一応は大好きだった元カノだ。

 何を言われようとも、根本的な部分にあったのは拒絶だけではなくて。


 だがしかし、それはあくまで何を言われるのも”俺”だったからだ。


 対象が俺でなくなるのならば話は別である。


「え? しゅー君……」

「何がしゅー君だよ。お前で十分なんだろ? さっきもお前って言ってたし」

「あれはその……」

「最近、俺の事追い回したり言い寄ってきたりしてるけど、はっきり言ってマジでキモいからやめてくれないか? 何回も言ってるだろ? 好きじゃねえって」

「……」


 俺の言葉に黙る未来。

 彼女はそのままぎゅっとスカートを握った。


「あと、他人の努力をとやかく言う権利はお前にないから」

「で、でもしゅー君だって時間を無駄にするのは嫌でしょ? 迷惑じゃん」

「はぁ? 俺が迷惑だなんていつ言ったんだ。そもそもマンツーマン指導の話を持ち掛けたのは俺だ。姫希が嫌々やってくれてるんだよ」

「どっちでもいいけど、やっぱり優しいんだね……もういいじゃん。私、しゅー君の事好きだよ? だから――」

「あー、言い方が回りくどかったか」


 あえてさっきの未来と同じ言い回しを使う。

 俺はそのまま続けた。


「俺は他人の努力を馬鹿にする奴は大っ嫌いだ! 自分の願望だけ押し付けてくる奴も大っ嫌いだ! そしてなにより、他人の気持ちを汲み取ろうとしないクズは大大大っ嫌いだ!」

「ッ!」

「『デカいから邪魔』『お前で十分だっての』『もーいらない』『先月くらいから彼氏いるんだよね』……全部言われた時は嫌な気持ちだった。でも何とか我慢したさ。お前の言う通り俺はつまらない人間だし、完璧な彼氏をしていたとも思わなかったから。だけどな、俺の事ならまだしも、俺の大事な仲間の悪口を言うのは絶対に許さない」


 許さない。いや、許せない。

 今も涙を必死で拭いながら立っているあいつに代わって、俺が許さない。


「お前が何を知っている? 姫希の何を知っている? こいつ、マジで可愛くねーんだぜ? どれだけ褒めても捻くれた受け取り方しかしねえ。でもさ、真っ直ぐなんだよ。チームメイトのためなら大嫌いな俺とでも一緒に練習できるくらい真面目なんだよ。同じクラスだからわかるだろ? 嫌いなものは嫌い!って言えてしまうこいつが、そんな俺と二人っきりで頑張ってるんだ。これがどれだけ異常な事か」

「……」

「それを、お前ときたら『ほんとに付き合ってるの?』って。んなわけねーだろ」


 未来は何も言わない。

 ただ無表情で俺の話を聞いているだけ。

 いや、もはや聞いているのかもわからないが。


「お前も、クラスの連中も一緒だ。勝手に他人の事を決めつけて……。そんなに他人に干渉してお前らに何の得がある? 理解不能だぜ」


 自分より三十センチは低いであろう未来を見下ろし、俺は伝えた。


「やり直そうって、言ってたよな。何度でも言うが、俺はお前ともう一度付き合う気はない。今日でより一層その決意は強くなった。帰れ」

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