第27話 赤の他人

「ほい、千沙山と未来。この資料を会議室に運んでおいてくれないか?」


 本日最終授業である七限を終えた後、使用した資料の運搬を頼まれる。

 日直とは本当に面倒だ。

 黒板も綺麗にしなければならないし、日誌も書き終えなければならないし。


 そして、部活に遅れたら面倒だなぁとか考えていた俺に、担任が最大級の地雷を踏みぬいてきた。


「お前らラッキーだな。カップルで日直とは」

「「っ!」」


 俺と未来だけでなく、会話が聞こえていたクラスの奴らにも激震が走る。

 異様な反応に担任は冷や汗を浮かべた。


「あれ……?」

「か、カップル……」

「いや、俺達別れてるんで。赤の他人です」


 横でもじもじし始めた元カノを無視して言い捨てると、担任は俺の肩を叩こうとして腕を思いっきり伸ばした。


「頑張れよ。……相変わらず肩が高いな」

「どうも」


 逃げるように去って行く担任のおっさんを眺めていると、クラスがざわざわし始める。


「千沙山君酷くない?」

「フラれた分際で調子乗り過ぎ」

「朝も冷たかったし」

「別れたからってアレはないよな」

「フラれた腹いせじゃないの? 身長デカいのに器はちっさい男マジ無理~」


 好き放題言うってのはまさにこれだな。

 全くもって鬱陶しい。


 チラッと視界の端に姫希の姿を捉えた。

 彼女は冷めた目で俺を見ている。

 その瞳が訴えかけている感情は何だろう。

 わからないが、未来の最近の暴走まで知っているあいつにこの状況は面白くないだろう。


「さっさと運んで終わらせるぞ」

「あ、うん。がんばろ? しゅー君」

「その呼び方やめろ」




 ◇




 思ったより重く、何往復もするハメになったため、資料運びを終えた時点で部活開始時間ギリギリだった。

 これは確実に遅れるな。


 教室に帰ると、姫希だけがまだ残っていた。

 服装は練習着である。


「どうしたんだよ」

「練習は先に始めておくわ。何やる予定だったか教えなさい」

「……いつも通りのフットワークとランニングの後に今日は対面シュート五十本IN」

「ん、わかったわ。急がなくていいから」


 メニューを伝えるとさっさと消えてしまった。

 わざわざそれだけを聞きに着替えて来たのだろうか。

 練習意欲があるのは嬉しい事だ。


「最近伏山さんと仲良いよね」

「まぁ、それなりに」

「ってか意外。ほんとにちゃんとコーチやってるんだ」

「任された以上責任はある」

「なにそれ。ほんと昔っから受け答えつまんないんだけど」


 唐突に悪口を言われ、苦笑する。

 そうそう、未来はこういう奴だ。

 この悪意をぶつけようだとか考えていない、ただ無神経なだけのチクチク言葉。

 タチが悪い。


「……ほんとに付き合ってるの?」

「はぁ? そんなわけないだろ」

「でも仲良過ぎだし」

「うるせえな。そもそもお前に関係ないだろ」


 ちゃっかり隣に座って、日誌を書いている俺を見つめている未来を睨みつけると、彼女は傾げた。


「なんか変なの。あんなに私の事好きだったじゃん」

「もう嫌いだ」

「別の人と別れる前に付き合い始めたから?」

「それだけじゃねえ」

「デカいから邪魔とか、もーいらないとか言ったから? でも事実だったしなぁ」

「ッ! ……何が言いたいんだ」

「だーかーら。確かにこの前はもういらないって思ったけどね。いらなくなったものがまた必要になる事ってよくあるじゃん? 捨てた物を買い直したりさ」

「……」

「なんでそんなに怒ってんの? 謝ってあげたのに」


 やっぱりダメだ。

 この女の一言一句に鳥肌が立つ。

 嫌悪と苛立ちと恐怖、色んな感情がぐちゃぐちゃになって、頭が痛くなってくる。


 丁度日誌を書き終えたところで、俺は筆箱をバッグに入れた。

 帰り支度を済ませる。

 あとは日誌を職員室の担任に届けるだけだ。


「ね、今日は一緒に帰らない?」

「あのさ。言いたいことがあるんだ」

「ん?」


 小首をかしげる未来。

 ニキビ一つない綺麗なおでこを見ていると、つい指ではじきたくなる。


「金輪際クラスで話しかけないでくれ」

「え?」

「それじゃ」

「ちょ、ちょっと――」


 俺は彼女の次の言葉を聞かず、そのまま教室を後にした。

 これでいい。

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