第26話 憂鬱な朝

 同じクラスに元カノがいるというのは、なかなかに面倒な事だ。

 例えば、偶然日直が被ってしまったりすると最悪。


「えー、未来かわいそー」

「なんで?」

「あの千沙山君と日直なんでしょ? 気まずいじゃん」

「萎えるよねー、こーいう状況」


 教室の廊下側後方から「ぎゃはは」という汚い笑い声が聞こえてくる。

 萎えてるのは俺の方だってのに。


 黒板に書かれた日直の名前を見て、夢じゃないことを理解し、項垂れた。

 憂鬱だ……。


「お、おはよう」

「姫希ぉぉ」

「え、きっも」


 珍しく話しかけに来てくれた我が教え子に泣きつくとドン引きされた。

 顔を引きつらせながら、彼女は言う。


「凛子先輩から聞いたわ。わざわざ財布見つけてくれたんだって?」

「おう。この前の看病の礼だ。本当にありがとう」

「あ、改まって言われると恥ずかしいわ。……忘れたいし」

「俺は絶対忘れない」

「一々言い方がキモい! 忘れろ! サイテー!」


 まぁ冷静に考えて、夜通し俺なんかと一緒に居たのは黒歴史か。

 ふっ、だがしかし姫希よ。

 今日はついにあの日だぞ。

 俺達の門出。

 二人っきりの夜のレッスン開始である。


 ニヤッと笑って見せると、おえーと姫希は俺から目を逸らした。


 と、そんな俺達の耳に先程の女子連中の声が聞こえる。


「千沙山君、新しい彼女できたっぽい?」

「伏山さんと? ウケるんだけど!」


 酷い勘違いだ。

 ほら見ろ、ワンサイドアップに結んだ髪をプルプル揺らしながら、怒ってしまった。

 当然である。


「ふん」

「あぁ……」


 せっかく向こうから話に来てくれたのに、変な陰口のせいで逃げられてしまった。

 色んな意味で嫌な朝だ。


 一限開始までまだ時間があるため、コーチングノートを取り出して今日の練習メニューを確認しようとする。

 だが、邪魔された。


「ね、しゅー君。日誌」

「あぁ、書いておく」

「……よろしくね?」

「……」


 顔色を窺うように聞いてくる元カノに、どうも調子が狂う。

 未来は俺の机に顎を乗せてこちらを見つめた。

 小動物みたいな動きがウザい。


「今日は……」

「あー、そう言えばトイレに行かなきゃな。朝から腹が痛いんだ。どいたどいた」

「しゅー君大丈夫? お薬いる?」

「邪魔すんな。漏らすぞ」

「……」


 全く腹痛なんか起こしてないが、面倒なので逃げることにした。

 朝っぱらから嫌いな元カノの相手なんてしていられない。


 会話を聞いて若干引いているクラス連中を無視して廊下に出ると、腕組みした姫希に遭遇する。


「汚いわね。もっとまともな嘘はつけなかったのかしら」


 彼女はそう言うと、ため息をついてやれやれと首を振った。


「まぁ頑張りなさい。夕方までの我慢よ」

「そうだな。放課後はお前と二人っきりのお楽しみだ」

「だからッ! そういう誤解を招く言い方はやめなさい! ……そのせいで付き合ってるとか、サイテーな勘違いをされるのよ」

「全くだ。こんな暴食女と付き合ってられるか」

「君ねぇ!」


 気色ばむ姫希。

 と、そんなところにやって来る幼馴染。


「あ、柊喜と姫希。おはよー」

「おはよう」

「おはよう!」

「なんで怒ってるの?」


 語気の強い姫希に首を傾げるあきらは、そのまま俺に視線をずらす。

 そしてニコッと笑って、その場で一回転した。


「どう? 今日の髪型」

「ハーフアップにしたのか。似合ってる」

「あはは。あざーっす」


 あきらは昔から髪型をよく弄って遊んでいる。

 その度に俺に感想を求めてくるので、この対応は慣れたものだ。


「あんた達の方がよっぽどカップルよ」

「お似合いでしょ? 私と柊喜」

「でも身長差が凄いわ」

「えー? よく言うじゃん。Eカップ以上のおっぱいは男の身長百八十センチ相当って。柊喜の身長と同じくらい、私も価値あるよ多分」

「朝から何言ってんだお前」

「あはは。柊喜に会えたのが嬉しくって」


 いつも以上に笑顔な幼馴染に、苦笑が漏れる。

 楽しそうで結構だが、毎回こうもストレートに好意をぶつけられると照れる。

 幼馴染ってのは距離が近すぎて良くないな。


「今日はどこで練習するの?」

「あきらには内緒だ」

「いかがわしい事する気っ?」

「そうかもな」

「死ね!」


 軽口を叩いていると横からボディーブローをくらった。

 教室に帰っていく姫希の後ろ姿を、腹を抑えながら眺める。


「柊喜ダメだよ。姫希には真摯に」

「ふざけんな」


 お前が言うなよ。


 そんなこんなで始業のチャイムが鳴った。

 なんだかんだ、元カノへのストレスが軽減できた気がする。

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