第25話 幻覚

 学校に到着してそのまま体育館に入る。

 三人で部室に入ると、すぐにお目当てのブツを発見した。


「不用心だなー。盗っちゃおうかな」

「ダメだよそんなの!」

「中ちょっと見るくらいはよくない? ねぇ柊喜君」

「やめた方が良いと思いますけど……」


 高そうな姫希の財布を持って考える城井先輩。

 彼女はそのままニヤッと笑う。


「なんだっけ。財布の中にゴム入れてたら金運アップみたいな話なかったっけ」

「聞いたことはありますね」


 全くもって眉唾だ。

 しかし、城井先輩は俺に近づいて耳打ちする。


「……ね、姫希ってそういうのやってそうじゃない?」

「……そうすか?」

「……意外と迷信信じるって言うか。気にならない?」

「……いやいや」


 他人の財布の中身を勝手に見るのは倫理的にダメだろう。

 ちなみに宇都宮先輩は現在、部員が脱ぎ散らかした服を畳んでいる。

 相変わらず汚い部室だな。


「お、今姫希に財布見つけたって連絡したら、『絶対中身見るな』だって。怪しくない?」

「確かに」


 中身抜くなとかだったら分かるが、あえて見るなというのは見られて困るようなものが入っていると考えるのが妥当。

 つまり、本当にアレが……?

 いやいや。いやいやいや。


 昨日見た優し気な姫希の笑みが脳裏にチラつく。


「って、見るわけないじゃーん」

「ですよねッ!」


 危ない。

 ダークサイドに堕ちる所だった。


 部室を片付けている宇都宮先輩を眺めながら、俺は城井先輩に聞く。


「この服って誰が脱ぎ散らかしてるんですか?」

「うーん。最近は来てない子かな」

「えぇ……」

「ほら、一応部員はいるから。この服は半年前から脱ぎ散らかされてたんだよ」

「きったないですね」

「凛子の服も混じってるけど!」

「まじ? ごめんね」

「……」


 なんなんだこの人達は。

 女子ってもうちょっと綺麗好きかと思っていたのに。

 いや、違うな。

 この人達が極端に汚いだけだ。


「みんなで練習できるようになる日はいつになるやら」

「待ち遠しいね」


 懐かしむように言う二人。

 俺は今の四人+マネージャーの朝野先輩しか知らないため、完全に顔も名前も知らない人達だ。

 でもこのままじゃ試合に出場もできないし、どうにかしないとな。


「じゃ、まぁ帰ろっか」


 城井先輩の言葉に頷く。

 まだまだ癖の強そうな奴らがいることを想像して気が遠くなりそうである。




 ◇




 帰り際、城井先輩は笑いかけてくる。


「そうだ柊喜君、一緒にお泊りする?」

「えっ?」

「ほら、女の子二人とお泊りだよ。やりたい放題」


 一体何をやりたい放題なのだろうか。

 すっとぼけていると、隣でちっちゃい先輩が俺にキレる。


「わ、わたしはダメです! 千沙山くんのえっち!」

「何もしませんし、そもそも行くとも言ってませんから!」


 この部に入ってから、毎回失礼な事を言われている気がするんですが。

 この人達は俺の事を一体何だと思っているのだろうか。

 彼女にすらなんの手も出せずに無様にフラれるような男だぞ、俺は。

 くそ、思い出して悲しくなってきた。


 ほら見ろ。いるわけがない元カノの幻覚が……って。


「え?」


 道路向かいの反対通りを女が歩く。

 よく見ると髪型は違うものの、なんとなく歩き方や髪を弄る仕草が未来に似ているような。

 だがしかし、あり得ない。

 あいつの家はこの道とは真逆だし、買い物もわざわざこっちまでくる必要がない。

 別人に違いない。

 それなのに、なんだろう。胸がざわざわする。


「どしたの?」

「あぁいや……なんでも」

「ふぅん。あ、僕たちそこのスーパーに用があるんだよ」

「そうですか」


 もやもやしつつも、先輩の言葉に頷く。

 彼女は道路を挟んだ向かいにあるスーパーを指しながら聞いてきた。


「一緒に買い物する?」

「いや、俺はもう帰りますよ。昨日寝てたので課題も終わってませんし」

「りょーかい。じゃ、財布は僕らが渡しておくね」

「ありがとうございます」

「じゃあね」

「また明日会おうね!」


 ニッコリ笑顔を浮かべる綺麗な先輩二人に、つい笑みが零れる。

 二人とも本当に見た目だけは良いよな。


「今日は付き合ってくれてありがとうございました」

「僕はこれからも正式にお付き合いしてあげるよ?」

「練習に付き合ってくれるんですね? 期待してます」


 軽口を叩いて別れる俺達。


 ふと気になってさっきの女の子を見ようと視線を向ける。

 しかし、既に彼女の姿はなかった。

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