第28話 ストレス解消効果

 一人で用を済ませ、やや小走り気味で体育館に向かうと、そこには汗を流す女子達がいた。

 既に対面シュートの練習に入っており、順調。

 珍しくみんな真面目な顔で私語も無しにシュートを打っている。

 成功確率は……まぁいい。


「励んでますね」

「お疲れ様。みんな頑張ってるよ」


 マネージャーの朝野先輩と会話を交わして、俺は更衣室に入った。


「はぁ……」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 さっきは勢いで金輪際話しかけるなとか言ってしまったけど、流石に言い過ぎだったのではないのか。

 だがしかし、それ以上に元カノの態度が気に食わない。

 あいつに倫理観はないのだろうか。


『いらなくなったものがまた必要になる事ってよくあるじゃん?』


 普通あんな事、思っても言うか?

 なんというか以前から思っていたが、まるで人の事を物としか思っていないような発言の数々。

 どんな人生送ってきたらああなるんだよ。


 上下制服を脱ぎ、下着姿でぼーっとする。

 早く練習に参加したい気持ちはあるが、逆にこんな気持ちを引きずってコートに入りたくもない。

 しばらくこうしていよう。


 無人の更衣室で項垂れること数十秒。

 唐突に扉が開いた。


「ひっ!?」

「そんな恰好で何してるの?」

「……あきらか」


 ポニーテールに戻っている幼馴染の姿を見て、少し心が落ち着く。

 やっぱり身内ってのは見てると安心するな。

 だがしかし。


「男子の更衣室に入ってくるな」

「いいじゃん。柊喜しかいないし」

「俺の着替え見るな」

「昔は一緒にお風呂入った事もあるじゃん」

「いつの話だよ」


 とりあえず下だけ履いて仁王立ちする。

 見下ろすと、首からかけたタオルで汗を拭いながらあきらは心配そうに言ってきた。


「姫希に聞いたよ。未来ちゃんと日直で一緒だったって」

「……あいつは余計な事を」

「嫌な事あった?」


 聞いてくるあきら。

 俺は無いと言おうとして、上手く口が動かなかった。

 感情で脳みその制御ができない。


「あったんだ」

「……別に、いつも通りだ」

「ん」


 俺の返答に、あきらは両手を広げて俺を見つめた。


「なんだよ」

「ハグにはストレス解消効果があります」

「……お前の汗がつくじゃねえか」

「あ、そっか。ごめんね、気が利かなかったっ」

「……ありがとう。ほんとに、ありがとな」


 はにかむ幼馴染の顔を見ていると、それだけでさっきまでのイライラが消えていく。

 お前の笑顔が一番のストレス解消だよ。


 さっと上を着て、俺はあきらの頭を撫でる。

 この前のお返しだ。


「あ、ちょっとやめてよ~。髪結び直さなきゃいけないじゃん」

「はいはいすんません。練習は進んでるのか?」

「ぜんぜーん。姫希と凛子ちゃんが外しまくるせいでまだ二十本だけ」

「あいつらは……」


 真面目そうにやっていたと思ったらこれかよ。

 つくづく手のかかる人たちだ。


「今日はね、柊喜に良いところ見せようってみんな真面目にやってたんだ~」

「いつもそうして欲しいな」

「あは、それはそうなんだけど」


 まぁ意欲があるのは良いことだ。

 着替え終えたので更衣室を開ける。

 すると、この前同様扇風機前でだらけている三人を発見。

 これのどこが真面目なんだ。


「あ、柊喜君おそーい」

「さぁみんな、続き終わらせますよ!」

「……」


 立ち上がる三人。

 姫希だけに、何故か睨みつけられてしまった。


「姫希に何かしたの? 朝変な事言ったから?」

「仮にそうでもお前のせいだ」


 あきらが練習に戻っていくのを見ながら、俺は考える。

 本当に睨まれるようなことはしていないと思うんだが。

 と、そんな俺に答え合わせをするかのようにやってきた姫希。


「よ、よお」

「君、好き勝手に言わせ過ぎ。もっと言い返しなさいよ」

「……」

「マジで見ててイライラするわ。君にも、それ以上に周りにも」

「……俺が何か言って変わるのか」

「変わらないわね。でも気持ち悪いじゃない! 嫌な事言われて、別れた後に付きまとわれて。でもみんなそんな事全然知らない。悔しくないのかしら?」

「……」


 姫希はふんっと鼻を鳴らして髪を触る。


「あたしは嫌よ。悔しいわ。部活で要領の悪い子たちに体調崩すほど真摯に向き合って頑張ってるのも知ってるんだから」

「ッ! ……お前、良い奴だな」

「か、勘違いしないで。あの女が嫌いなだけよ!」


 再び去って行く姫希の後ろ姿を見ながら納得した。

 あいつが何故クラスであんな顔をしていたのかわかった。

 俺の事、そんな風に思ってくれてたんだな。


 あきらといい姫希といい、まるで自分の事のように怒ってくれて。

 そういう意味では俺は幸せ者なのかもしれない。

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