第16話 ふざけんな

 武道場は剣吞な空気感だ。

 既に全員筋トレをやめ、立ち尽くしている。


「なんなんだよってこっちの台詞だよ? 今まで放課後は暇してたのに、こんな所で遊んでるなんて」

「別に遊んでねえよ。部活してるだけだ」

「部活?」

「あぁ」

「柊喜は私達女子バスケ部のコーチをやってくれてるの」


 一歩前に出て俺の隣に並ぶあきら。

 幼馴染の言葉に元カノはきょとんとする。


「コーチ? マネージャーじゃなくて?」

「今日だって私達のために練習に付き合ってくれてるんだよ」

「あー、そう言えばしゅー君元バスケ部だったんだっけ? でも今までは頑なに部活に参加なんてしようとしなかったのに急にどしたの」


 未来には中学時代の話もしていた。

 部活を辞めた経緯や、中の細かい話はしていなかったが、それでも俺の中学時代に運動部だった期間があることは知っている。


 どう説明したものかと考えていると、未来は手を打つ。

 そして俺に近づいてニヤニヤと笑いかけてきた。


「もしかして私にフラれたのを気にして運動部入ったの? えー、嬉しいんだけど」

「違う」

「じゃあなに?」

「なんでお前にいちいち言わなきゃいけねえんだよ」


 鬱陶しい、頭の中お花畑だろ絶対。

 神経逆撫でされてイライラが止まらないんだが。

 なんでこんなのと付き合ってたんだろうか。

 良いとこもあったはずなんだが……あれ。

 ヤバい、思い浮かばない。


 黙ってそんな事を考えていると、あきらが続ける。


「ねぇ、柊喜とは別れたんでしょ? あんなことしておいて今さらどんな顔で柊喜に会いに来たの? まずは謝ったらどうかな?」

「あんなことって、どれだろ……」

「おえー」


 考え込む未来を見て後ろで姫希がえずいた。

 こいつはあの日の会話の一部始終を聞いているし、当然だ。

 対してあきらは全容を知らない。

 こいつが知っているのは未来が俺と別れる前に別の奴と付き合い出した事だけ。


「ごめんねしゅー君。流石に本当はあそこまで酷いことは思ってなかったよ。ただ、優しくフッて未練残されても迷惑だったからあの時は……」

「それはそうかもしれないが」


 それにしても言い方と内容のどちらもやり過ぎだ。


 ただまぁ、一言謝ってもらうと俺も感情の持って行き場を失う。

 我ながら甘いとは思うが、昨日の既読無視も良くなかったかな……と申し訳ない気持ちになってきた。


 と、そんな俺に未来は言ってくる。


「やり直そうよ。今度は私も文句言わないから。気付いたんだ、しゅー君がどれだけ器の大きい男の子だったかっていう事が」

「は?」


 思わず俺は後ろを見た。

 当然返ってくる三つの驚き顔。


「な、なんでこっち見るのよ」

「この子とはキスしたくないかな~」

「千沙山くん、思ったより歴戦なんですね!」


 三者三様だが、とりあえずキス魔の城井先輩の言葉に頷く。

 やっぱり俺の元カノ、色々とおかしいですよね……。


 俺は再度振り返り、未来の顔をじっと見つめる。

 今日もヘアピンで前髪を留めたおでこ丸出しスタイルだ。


「帰ってくれ」

「え? しゅー君!?」

「やり直すってなんだ一体。お前別れてからクラスでも話しかけてこなかったくせに」

「それは……」

「第一、どうせまた次の男ができたら俺は理不尽にフラれるんだろ? ふざけんなよ」


 毎回毎回言われもない悪口を受けるこっちの身にもなれってもんだ。


「幸いお前は可愛いから男なんて選び放題だろうが」

「でも、しゅー君が……」

「そのしゅー君呼びも辞めろ。不快だから。お前で十分だったんじゃないのか」

「あれはその……」

「あー、鬱陶しいわね!」


 口論を遮る姫希の声。

 彼女はずんずん歩いてくると、この前切って短くなった爪を未来の胸に突き立てる。


「あんたの収まる場所なんてもうないわ! 見なさい。既に千沙山クンの両手にあまる人数の美少女が埋まってるのよ」

「伏山さん、しゅー君の事好きなの?」

「なっ! 違うわよ! ただ、こいつがいないとあたし達は困るの!」


 せっかくでき始めた人間関係。

 こんな所でぶち壊されたら堪ったもんじゃないな。


 珍しく庇ってくれる姫希の肩を掴み、もういいぞと言う。

 手のひらにべっちょり汗がついた。

 普段なら顔を顰める所だが、今日はなんだか嬉しかった。

 だから、つい笑みを浮かべてしまう。


「しゅー、しゅー君……その子達が良いんだ」

「あ? まぁそうだな」

「ッ!? ……わかったよ」


 何故かしゅんと下を向く未来。

 彼女はそのままとぼとぼと武道場から出て行った。


 これにて一件落着(?)である。


 緊張から解き放たれて座り込む俺。

 その隣にあきらと姫希が座ってくる。


「び、びっくりしたねっ。未来ちゃん、悪い子じゃないとは思ってたんけど」

「サイテーよサイテー。あんな――ってやめておこうかしら」

「姫希、どうかした?」

「ただ同じクラスだと色々あるだけよ」


 あえてあの日の暴言を言いふらさないでくれるのはありがたい。

 良い奴だな、姫希って。


「ありがとう姫希」

「な、なによ本当に。キモいわね。前にも言ったでしょ? あたしあの子嫌いなの!」

「真っすぐでいいなお前は」

「馬鹿にされてる気がするわ。別に君のためなんかじゃないんだから」


 このツンデレのテンプレ発言はわざとなのだろうか。

 それとも天然記念物のナチュラルボーンツンデレちゃんなのだろうか。

 後者ならかなり貴重だから今後も大切にしていきたい。


「よし、練習再開するぞ。朝野先輩タオルください、手に姫希の汗がべっちょりついて気持ち悪いです」

「死ね!」


 味方がいてよかった。

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