第17話 マンツーマン指導

 部活中に元カノが乱入してくるという、最低最悪の事件が起きたあの日から数日が経過した。

 カレンダーも八月から九月に変わり、なんだか心機一転した気がする。


 あれから未来とは何の接点もない。

 変わらず教室では会話をしないし、その他の場所でも話しかけてこない。

 勿論部活に凸ってくることもない。

 穏やかな日常が送ることができているが、なんだか不穏だ。


 話しかけて欲しいわけではないが、復縁したがっていた割に引き際があっさりし過ぎていて気になるというか。

 余程姫希やあきらに言われたのがショックだったのかもしれない。

 まぁいい。


 さて、そんなわけだが、俺はクラスに話し相手ができていた。


「今日の練習なんだけどさ」

「話しかけないでくれるかしら?」


 即拒絶。

 話し相手になれたと思っていたのは俺だけだったらしい。


 項垂れていると結んだ髪を暑そうにいじりながら女子は口を開く。


「周りに君と友達と思われるの嫌なんですけど」

「そう言うなよ姫希」

「ッ! ……確かにあたしが名前で呼べって言ったけど、教室で呼ばれると鳥肌が立つわ。やめて」

「随分塩対応だな。泣くぞ」


 相変わらず当たりの強い奴だ。

 姫希は次の授業である七限生物基礎の支度をする。


「この前言ってたじゃないか。『こいつがいないとあたし達は困るの!』って」

「言ってないわ」

「随分記憶力が悪いな。だからバスケも下手なんだろ」

「君ねぇ……いい加減にしないと怒るわよ」

「へぇ。昨日ノルマのシュート成功回数こなさずに逃げ帰った奴が良く言うぜ」

「それは……ごめんなさい」


 昨日の練習のテーマはシュート力の向上だった。

 ディフェンスがいないフリー状態で外されたら堪ったもんじゃない。

 だからこそ、みんなにレイアップ百本INを命じたのだが。


「見た事ないぞ。ゴール下シュートをフリーで外しまくる奴。最終的には半泣きで逃げ帰る奴」

「う、うるさいわね。腕が上がらなくなったのよ」

「なるほど。じゃあ次は筋トレを増やそう」

「鬼コーチッ!」


 鬼も何も、当たり前のことを言っているだけなのだが。

 ジト目を向けてくる姫希に俺はにやりと笑った。


「今日の練習が楽しみだな」

「はいはいちゃんと頑張るわよ。だからそのキモい顔やめなさい」

「誰がキモい顔だ」


 ため息を吐きつつ、俺はふと教室を見渡す。


 誰も俺達に関心なんて示さない。

 そもそも俺も姫希もクラスでは基本的にぼっちみたいなものだし、無理もない事だが。


 お互い目立つ性能をしているはずのに不思議だ。

 俺は身長のせいで否が応でも視界に入るし、姫希はそのルックスで本来大人気を誇っていてもおかしくない。

 姫希の場合、それがないのはつまり……性格だな。


「可哀想に」

「え? なに?」

「なんでもないよ」


 こんな感じで、そこそこ普通の高校生活を送ることができている。



 ◇



「「おつかれさまでしたー!」」

「早く着替えろよ? 先生に怒られるのは男子の俺だけなんだから」

「「はーい」」


 返事だけは良い女子集団。

 部活終了後、部室へ消えていく姿を見ながら俺はうーんと伸びをする。


「こりゃやべーな」


 九月と言えば体育祭や文化祭など、高校の青春イベントが満載な月。

 しかし、俺達にはもっとヤバいものがある。

 それは来月の新人戦だ。


 県で行われる大会なため優勝しても全国大会出場とはならないが、県優勝=全国出場なため、そこはどうでもいい。

 今回優勝できれば目標クリアとして申し分ないだろう。


 だがしかし、無茶だ。

 部員の不足以前に、下手くそすぎる。


「一番の問題はあの女だ」


 伏山姫希。

 やはりあいつが最大の敵である。


 他の部員は下手なりに純粋だったり、基本的に俺の言うことは素直に聞いてくれたりするのだが、あいつだけはやけに反発してくる。

 クラスでの反応も然りだ。


 これはやるしかあるまい。

 夜の特訓……そう、マンツーマン指導を。


 変な言い回しのせいでエロくなったが、汚い意味はない。

 実際に俺が手取り足取り教えてやろうって話だ。

 あんま変わんねえな。


 とにかく、このままではヤバい。

 実力と信頼度、共に最低ランク。

 好感度メーターがあればマイナスに振り切っているだろう。


「今夜、夕食にでも誘ってみるか」


 最悪奢ってやろう。

 悲しい話だが、未来と別れて以来お金の使い道が無くなったため、有り余っているのだ。


 丁度そんな事を考えていると、着替え終えたあきらが下りてくる。


「あ、柊喜。一緒に帰ろ?」

「あー、えっと。今日は一人で帰るよ、久々に外食したいし」

「いいじゃん。それなら私も一緒に行きたいよっ」

「おう……」


 姫希はプライドが高い。

 俺が個別に手を焼いているなんて、他の部員に知られるのは嫌だろう。

 ここは誤魔化さなければ。


「いや、一人で行くよ。部活のこと考えるから」

「そっか。集中したいよね。おっけーです」

「マジすまん。また今度な」

「何言ってるの? いつも一緒に食べてるんだからそんな改まらなくても」

「それもそうだ」


 ごめん、あきら。違うんだ。

 誤魔化した事への罪悪感で謝ってしまっただけだ……。


 あははと笑う幼馴染の顔を見ていると心が痛む。


「他の部員はまだか?」

「うん。いつも通りみんな遅いよ。柊喜はみんな出揃うのを待ってるんでしょ?」

「あぁ」


 別に戸締り確認をする義務もないのだが、コーチという立場にある以上最低限の責任は持ちたいってのが俺のルールだ。

 苦笑しつつ、「おつかれ」と言ってあきらは帰って行った。

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