第15話 乱入

「じゅうご、じゅうろくぅぅ……」

「さっきの余裕はどこにいったんですか城井先輩。半分で息切れてますよ」

「じゅうななぁ、はぁはぁ……なかなか言うじゃん」

「そりゃさっき散々失礼な事言われましたから」

「なんの、んっ……話かなぁ?」


 瀕死の先輩の腕立て伏せを上から見下ろす。

 生意気な部員にハードな練習をさせるのってこんなに快感なのか。

 世のコーチ達が課すメニューが鬼畜なのは、私情も入っているのかもしれない。


 と、その横で「んっしょ、んっしょ」と謎の声を漏らしながら頑張るあきらを見る。

 一応最低限家でも自主的に筋トレをやっていたからか、ある程度はできていた。

 だがしかし、これは目の毒だ。


 一回一回腕を曲げる度に、胸がぽふっ、ぱふっと打ち付けられている。

 つい目線が釘付けになった。

 女子って言うか、胸が大きい子って改めて大変そうだな。


「ふぅ終わりました」

「早いですね」

「ふっふっふ。わたしはこの中で誰よりも身軽なので当然」

「私も終わったぁ。唯葉ちゃんこの胸あげます」

「いいんですか!?」


 目を輝かせるちっちゃい先輩とおっきい後輩。

 何故かわからないが、宇都宮先輩の言動はあほっぽい。


「さんじゅーう。はあっ、あたしも終わり……」

「お前はあともう三十回だろうが」

「本気で言ってたの君!?」

「冗談だ。お疲れ姫希」

「う、うん……急に気持ち悪いわね」


 笑顔で水を差し出すと、やや引かれながら受け取られた。

 何故なのか。


 そんなこんなであとの城井先輩も腕立て伏せ三十回を終え、タオルで汗を拭う。

 この一連のトレーニングだけで宇都宮先輩以外はボロボロだ。

 2セットくらいでもいいかもしれない。

 思った以上に筋力不足は慢性的な課題であることを理解した。


 ぼーっと突っ立って今後のことを考える俺、そんな時にマネージャーの朝野先輩に呼ばれる。


「千沙山君、人が呼んでるけど」

「え?」


 言われて考えるが、思い当たる人物はいない。

 学校生活も問題など起こしたことがないし、呼び出しされるようなことはまずありえない。

 加えて言うならそこまで友達も多くないため、その線も考えづらい。


 しかし、そんな俺の無駄な思考をやめさせる一つの声。


「しゅー君見っけ!」

「ッ!?」


 靴を脱いで駆け寄ってくる一人の女子生徒。

 そいつは忌々しいあだ名で俺を呼びながら、腹が立つほど眩しい笑顔を向けてきた。


「やっと見つけた! 校内探し回ったんだよ? 連絡しても全然見てくれないし」

「……え」

「一緒に帰ろ?」


 小首をかしげて聞いてくる元カノ、未来。

 今まで散々この仕草に心奪われ、良いように使われてきた。


「帰るって、どういうことだ」


 自分でも驚くほど低い声が出る。

 隣で姫希に足を抑えてもらって腹筋をしていたあきらがフリーズするくらいだ。

 だがしかし、無神経な未来は気付かない。


「久々に遊ぼうよ」

「意味が分からん」


 何を言っているんだこいつは。


「俺達別れたじゃないか」

「別にいいじゃん。友達には変わりないでしょ?」

「……はぁ?」


 友達、だと……?

 あんなに散々暴言を浴びせた男に対して、まだそんな感情を抱いていたのかこいつは。

 ヤバい、聞きたいことと言いたいことが多すぎる。


 本来全く関係のない部活生たちにこんな会話を聞かせるべきではないが、場所を移すという考えにも至らないまま俺は言葉を発した。


「新しい彼氏いるんだろ? そいつといけよ」

「あー、別れたよ。一昨日」

「……」


 少し頭が追い付いてきた。

 昨日の夜の急な連絡の意図も少しわかった。

 要するに俺は次の男までのつなぎってか。

 へぇ。


「早くしよーよ。ってか何でこんな場所にいるの? 汗臭いし」

「「「「……っ!」」」」


 未来の一言で、俺じゃなくて周りの四人のオーラが変わった。

 そりゃそうだ。

 華のJKに向かって汗臭いは禁句にもほどがある。


「汗臭いのは俺が筋トレしてたからだ。ってか、マジで何なんだよ」


 事態は最悪の雰囲気となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る