第14話 筋トレをしよう

「今日から本格的に練習を始めようと思う」

「ふーん。でもここ体育館じゃなくて武道場なんですけど?」


 早くも反発心丸出しのワンサイドアップJKを無視しながら、俺は腕を組み、四人の前に仁王立ちする。


 そう、今日の舞台は体育館ではなく武道場。

 体育館は男子がいるため、今日は使えなかったのだ。

 というわけで少し離れた場所にある武道場を借りた。


「はっ! まさかわたしたちの実力不足を考え、腕ずくで勝利をもぎ取る作戦に路線変更する気ですか!? キャプテンとして流石に看過できないよ!」

「違います」


 バスケは少し腕が当たっただけでファールを取られるスポーツだ。

 手なんて出そうもんなら確実にバレる。

 というか、スポーツマンシップはどこにいったんだ。


「あぁわかった。柊喜君、まさか寝技の練習をする気かな? 昨日のキスは姫希のせいで未遂になっちゃったからね。眠れなかったんじゃない?」

「はい。眠れませんでした」

「やっぱり! むっつりだね~。言ってくれれば可能な範囲で相手してあげるよ?」

「みんながあまりにも下手すぎて今後の方針を考えるために眠れませんでした」

「……可愛くない」


 顔を引きつらせる城井先輩。

 この人は美人だけど、中身がかなり残念だ。


「じゃあどうするの? こんな所でできることなんてあんまりないけど」


 あきらの素朴な質問に、他の三人も同調する。

 そこで、俺は説明を始めた。


「まずみんなに必要なのは基礎体力。つまり筋力だ」

「確かに一理あります」

「特に城井先輩。せっかくある程度身長があるのにもったいないっす」

「えー、でもムキムキにはなりたくないよ」

「心配せずともそんな一朝一夕で鋼鉄の肉体は手に入らないので」


 そうと決まればやることはシンプルだ。

 筋トレ。

 うちの部には特に用具も揃っていないため、しばらくは自重トレーニングで十分だろう。

 腕立て、腹筋、背筋、スクワット……少し考えるだけでも大量にやるべきメニューが出てくるな。


 想像するとわくわくしてきた。

 つい笑みが零れてしまう。


「え、きも。なんかニヤニヤしてるんですけど」


 胸を隠すように体を抱く姫希。

 全く腹立たしい動きだ。

 人の事を性犯罪者予備軍みたいな目で見やがって。


「お前、なんかウザいからメニュー二倍な」

「はぁっ!? ふざけんじゃないわよ。ってかそもそも元のメニューをさっさと教えなさいよ」


 それもそうか。


「今日は今から大体一時間を考えている。だからそうだな……腕立て、腹筋、背筋、スクワットを30回ずつ、これを3セットでどうだ」

「む、無理だっ」


 珍しく弱気な声を漏らしたのはあきらだった。

 そう言えばこいつ、ロクに筋トレいていないって話だったな。

 いい機会だ。

 地獄に慣れてもらおう。

 運動部で勝ちを目指すっていうのはこういうことだ。


「途中で筋肉痛起こしそう」

「大丈夫だよ。ちゃーんとお水用意してるし、怖くない」

「えぇん。薇々の鬼マネージャーぁぁ」


 ひっそり俺の横で座っていたマネージャーの朝野先輩がにっこり微笑む。

 この人は見てるだけなので楽しそうだな。


「朝野先輩もやりますか? マネージャーも力仕事でしょう?」

「うふふ。コーチ君も一緒にやるなら考えるよ」

「なるほど」


 先輩の言葉に、部員四名からジト目を向けられる。

 まるでお前だけ楽するなっていう顔だな。

 だがしかし、忘れるなかれ。

 俺は今日やるメニューを考えるために睡眠時間を普段の四分の一程度まで削っているんだ。


 まぁ寝れなかったのはこいつら云々の前に、厄介な元カノからのメッセージにあれこれ考えていたからなのだが。


「よし、じゃあ始めるぞ」

「あっ逃げる気だわこいつ!」

「さっきからうるさいぞ姫希。お前だけやっぱり三倍な」

「なんか増えてるんですけど! しかも三倍って腕立てだけでも計270回じゃないのよ!」

「計算早いな。その調子で筋トレも頼む」

「信じられない! やっぱりコーチいらないわ!」


 そう言えば伏山姫希は数学が得意なんだっけか。

 同じクラスだから授業中のこいつも知っているが、数学の時によく先生に問題の答案板書を任されている。


 なんて考えている間にも、意外とみんな真面目に筋トレし始めた。

 腕立てからひいひい言いながら、大して効果を感じられないフォームでこなしている。


 仕方ないな。


「あら、やるんだ?」

「えぇ。朝野先輩もやるんでしょ?」

「ううん。さっきのは冗談。思ったより真面目だね」


 別に深い意味はない。

 ただ俺の考えたメニューをこなしてくれる奴らに誠実でありたかっただけだ。

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