第11話 ツインのお団子
「今日は体育館何時まで使えるんだっけ?」
「私達が最後の組だから七時半くらいまでならいけるよ」
「あと一時間半か」
体育館は何もバスケ部だけのものではない。
半分に区切って使っても、男女バスケ部と男女バレー部の四組で交代する必要がある。
現在もネットで区切られた隣の半面コートで女子バレー部が練習をしている。
うちにはバドミントン部などの他の体育館種目が少なくてまだマシな方だ。
「もうそろそろ来てくれないとな……」
今日はちゃんと練習したい。
というより、確認したいこともある。
そう思って部室のある二階部分へ階段を上がった。
流石に昨日の事があるためかなり慎重にいかなければならない。
また着替えを覗いてしまったら大変だ。
「わっ」
「あ、ごめんね」
部室の扉を叩こうとすると、ちょうど中から女の子が出てきた。
身長も低く童顔で、ツインお団子ヘアーの可愛らしい子だ。
一体誰なのだろうか。
「えっと、どうしたんだ?」
屈んで尋ねると、その子は苦笑する。
「どうって、部活しに来たんですよ!」
言われて服装を見た。
どう見てもバスケの練習着だし、シューズもバスケ用だ。
なるほど理解したぞ。
「誰の妹なんだ? 呼んでくるから」
「い、妹?」
「お姉ちゃんの部活見に来たんだろ? 中学生……いや、小学生か?」
「あー、わかったよ。あなたが今、とんでもなく失礼な事を考えているってことが!」
「え?」
指をさされて詰め寄られる。
何のことかわからないが、怒らせてしまったらしい。
年頃の女の子の相手は難しいな。
しかし、そんな俺に少女は胸を張って言った。
「わたしは高校二年生です! バスケ部キャプテン
「えぇ!?」
嘘だろ。
このちっこいのがキャプテン?
っていうか、先輩なの?
俺は屈んでじろじろと眺める。
「は、恥ずかしいからあんまり見ないでよ……。ってかあなたもしかして」
「失礼しました。コーチを任された一年の千沙山柊喜です」
「やっぱり!」
名乗ると彼女はぱぁっと顔を明るくさせた。
両手を合わせて嬉しそうに笑う。
「久しぶりですね!」
「……え?」
「ごめんなさい。わたしが一方的に認識してただけかぁ……。実は中学の頃に県体の会場でお話したことあるんですよ?」
「マジすか? ……あ、あのガキ」
「むむっ!? 今とんでもない事言いましたね?」
思い出した。
中学一年の冬にあった大会だ。
帰りに水筒忘れに気付き、探していた時に話しかけてきた女の子がこんな感じの子だった。
上から目線で『持ち物には名前を書きましょう』とか『バスケが上手くても身の回りの整頓ができなきゃ足をすくわれますよ?』などと言われたのを覚えている。
先輩だったのかよ……。
「あの時も失礼しました」
「まぁあなたから見たらわたしなんて子供なんでしょうが。これでも百四十八センチあるんです!」
「……へぇ凄い」
「そうでしょう」
自慢げにぺったんこな胸を張る先輩には申し訳ないが、特に意外性はない数字だ。
俺と比べると四十センチも低いのか。
道理で子供にしか見えないわけだ。
「あなた、この学校にいたんですね」
「はい」
「……なんでバスケを続けていないかは聞かないでおきます」
気遣いなのか、優しく微笑む宇都宮先輩。
と、彼女はその顔を徐々に崩して。
「あの、いつまで屈んでるんですか? ちょっとイラっとするんだけど」
「あぁすみません! 部活行きましょう!」
ムッと頬を膨らませる顔だが、正直怒っているというより泣きそうな顔に見える。
これが先輩だなんて、もといキャプテンだなんて調子狂うな。
そもそも俺は自分の立ち位置を考え中だ。
一年であり、一応部員という位置づけで考えるなら加入歴的に最も下っ端。
だがしかし、俺は全員にモノを教える必要のあるコーチだ。
腰の低いコーチの教えを誰が聞くだろうか。
そして問題もある。
それすなわち、この人の方が俺よりバスケが上手く、理解も深いというケースへの懸念だ。
自分より下手で無知な奴に学ぶことなどないだろう。
しかし、一緒に階段を下りる途中で宇都宮先輩は言う。
「よかったぁ。あなたがコーチなら成績アップは見込めそうです」
「マジすか?」
「だって中学の頃の活躍は知ってますから! お恥ずかしながらうちの部員は素人に毛が生えたレベルだし」
「既にあきらと伏山の二人の実力は知ってます。でも先輩は県体経験者でしょ?」
「一応スタメンでキャプテンやってましたけど、初戦で負けましたよ。市のレベルが低かったので県体までは割とスムーズに勝ち上れただけ。入部一年目で県一番の注目選手だったあなたには及びません」
「大げさですよ。そもそも俺はもう二年近くやってないんだ。たまに試合の中継やハイライトを眺める程度で、素人も同然です」
「じゃあ一緒に上手くなりましょう! ほら、青春と言えば部活、勉強、そして恋愛ですから! うちの部員みんな可愛いのに誰も彼氏いないんですよ~」
聞いてないことを言ってくる宇都宮先輩。
そもそもだからなんだって話だ。
いくら全員フリーでも、俺相手に変な気を起こす奴なんていないだろう。
それにこっちは一人だ。
ハーレムでも築こうってか? 馬鹿な。
「そんな事言ってるから勝てないんです。恋愛なんてどうでもいいでしょ」
「わっ。怒られちゃいました!」
なんて会話をしているとコートに着く。
そこではあきら、伏山、城井先輩が壁に寄りかかって扇風機の風を受けていた。
と、その集団の中に見慣れない姿が一つ。
「あ、柊喜。マネージャーの薇々先輩だよ」
「君が千沙山君だね。
「あ、どうも」
制服姿でコート上に立つ女子。
中学時代にはマネージャーなんて制度はなかったため、こうしてお目にかかるのは初めてだが、これは凄い。
コートに制服姿のJKがいる光景って青春感が強くていいな。
と、まぁこんなもんか。
「よし、じゃあみんな集まったな」
扇風機前に体育座りする女子を見下ろす。
一、二、三、四……。
選手四名ってのは想像以上に少ない。
だがいないものを嘆いても仕方がないのだ。
「まずは目標決めだ」
さて、初めてのコーチングの始まりである。
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