第10話 キス魔

「な、なにしてんのよ!」


 先輩の肩を掴んだ瞬間、突然の大声が聞こえる。

 と、それに驚いた城井先輩が体勢を崩して俺の方に倒れ掛かってきた。

 抱き着かれるような形になってしまう。


「「……」」


 互いに顔は見えないが、心臓はバクバクだ。

 これはときめきなドキドキではない。

 単純に突然のハプニングに驚いているだけだ。


 そのまま抱き合っているとつかつかと歩いてくる一人の女子。

 こいつがさっきの声の犯人だろう。


 ゆっくり先輩から体を離し、コホンと咳払い。


「なんでもない」

「嘘! あり得ないんだけど!」


 髪を揺らしながら叫ぶのは伏山だ。

 まぁこの場にはあとあきらしかいないし、性格的にヒステリーな大声を出すのは伏山だけだろう。


「凛子先輩、何やってるんですか」

「何って、別になんでもないよ」

「君、入部二日目で手を出すなんて外道も外d――」

「誤解だ!」


 何故俺の方からいかがわしい動きを起こしたみたいになってんだ。

 こいつには失礼な勘違いをされてばかりいる気がする。


「あー、凛子ちゃんきてたんだっ」

「あきらー。久しぶり」

「あはは。昨日会わなかっただけで大げさですよっ」


 あきらもやってきて、一応この場にいる部員が全員揃う。

 汗をタオルで拭きながら、あきらは首を傾げた。


「どうしたの騒いで」

「いや……」

「千沙山クンが凛子先輩にキス迫ってた」

「逆じゃないの? それにいつものことじゃん」

「……はぁ?」


 バタバタ手を振って大げさな伏山に対し、のほほんとした反応のあきら。

 彼女は直後に爆弾発言をした。


「凛子ちゃんキス魔だから、うちの部員はほとんどヤられてるんだよ」

「ちょっとあきら? 表現がマズいよ。それじゃ僕が誰彼構わずにちゅっちゅしてるみたいじゃん」

「違うんですか?」

「勿論。僕は可愛い子にしかキスしない! 女バスのメンバーが餌食になったのは、みんなが可愛かったからだよ~」

「っと、させませんよ。自然な流れでちゅーするの禁止だから」


 抱き着こうとする城井先輩を牽制するあきらは随分手馴れていた。

 えぇ……。ナニコレ。

 女子怖いんだけど。


 男子部活で同じことが起きた場合の事を趣味レーションしてみる。

 ……確かに、イケメン同士なら腐の民に受けそうだ。


「あ、そうだ柊喜君。僕とキスしたらうちの部員ほぼ全員と間接キスしたことになるおまけつきだよ。どう? このツンツンしてる姫希ちゃんの唇も間接的に堪能可能!」

「……キモい事言ってないで練習しますよ」

「あれ、釣れない。もしかして柊喜君って女の子好きじゃない?」

「それは無いですよ先輩。こいつ最近まで彼女いたし」

「あ、傷心中か……。ごめんね」


 伏山の説明で、申し訳なさそうに手を合わせられた。

 だがしかし、やめてください。

 同情されると思い出して泣きそう。


 と、話を変えるために俺は伏山を見る。


「な、なによ」

「お前もキスしてたんだな」

「なッ! べ、別に好きでやったわけじゃないわよ! この人春の合宿の時に……うぅぅっ! 思い出しちゃったじゃない!」

「す、すまん」


 顔を真っ赤にする彼女を見るに、随分刺激的な何かがあったらしい。

 しかし城井先輩はうーんと唸った。


「でも実は、あきらだけはキスしたことないんだよね」

「あはは。私はそういうの、ホントに好きな人としたいんで」

「この通りですよ、どうなの幼馴染君」

「お、俺? まぁいいんじゃないっすか?」


 話の流れ的にあきらも先輩とキスしていたのかと思っていた。

 なんだか拍子抜けである。

 それに意外だ。

 まさかこんなロマンチストな一面があったなんて知らなかった。


 文句を言う伏山の額の汗をわざわざ拭ってあげる城井先輩。

 身長差もあって姉妹のようだ。

 ふざけた趣味をお持ちなようだが、先輩らしいところもある。


 俺の元を離れていく二人から目を離す。

 と、そのまま隣にいたあきらの唇を見つめてしまった。


「めっちゃ見るじゃん」

「あぁいや。ごめん」

「ううん。柊喜とならいいよ?」

「先輩より俺の方が問題だろ」


 ボソッととんでもないことを言うあきらに俺は苦笑する。

 こいつのこだわりポイントが謎過ぎる。

 確かに家族みたいなもんだし、飯を食う時は間接キスしまくりだが、そういうもんなのだろうか。

 どちらかというと俺の方がこいつとキスしたくない。

 特にあんな話を聞いた後だとな。


『ホントに好きな人としたいんで』かぁ……。

 こんな奴を俺なんかがってのは可哀想だ。


「練習やるぞ」

「まだキャプテン来てないけどねっ」

「何やってんだキャプテン」


 とことん集合の遅い人たちである。

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