第9話 ボーイッシュな先輩

 翌日の事。

 俺は前日同様に用意されていた椅子に座ってうとうとしていた。


 原因は今日の三限にあった英語の小テスト。

 まさかの単語テストと文法のテストが重なってしまったが故に、前日に詰め込むには睡眠を削るしか方法がなかったのだ。

 というわけで眠気がヤバい。

 気を抜いたら今にも落ちそうだ。


 ちなみに今はあきらと伏山の二人が仲良くシュート練習をしている。

 レイアップを練習しているらしく、和気あいあいとやっているが、成功率は約五割。

 ゴール付近でこの確率は、素人同然である。

 全くもって笑えない。

 歯を見せんな! 死ぬ気で練習しやがれ!


 今日は先輩も練習にやって来るらしい。

 まだ姿はないが、キャプテンもいるとのことなので期待大だ。


 なんて考えていたら、また眠気が……。


「ひっ!」

「あは、おはよー」


 不意に耳に違和感を覚え、悲鳴を漏らす。

 咄嗟に振り向くとそこには。


「……えっと」

城井凛子しろいりんこです。二年生の」

「あぁ、よろしくお願いします」

「ボクがコーチさん?」

「ま、まぁ……」


 どうやら耳を咥えられていたらしく、舌なめずりする美人に俺は背筋をぞわぞわさせていた。

 な、なんなんだこの人。


 ビビる俺にへらっと笑う城井先輩。


「そんなに警戒しなくてもいーじゃん。あれ? ドキドキした?」

「……」

「怒らせちゃったかぁ。年下でもコーチなんだもんね?」


 うーんと伸びをする先輩。

 よく見ると意外と身長が高く、全体的にスラッとしていてスタイルが良い。


「身長高いっすね」

「ボクが言うと変に聞こえるなぁ」

「男女の差がありますからそこは。……あとボクって呼ぶのやめてください。おばちゃんみたいで変な感じです」

「僕はいいと思うけどなぁ。なんか初心で可愛いし、ボクで良いじゃん。千沙山柊喜君」

「一人称も僕なんですね」


 ショートカットの髪で、前をセンターパートにしている。

 女子というより、最近の男子みたいなボーイッシュな印象を受ける髪型だ。

 顔はめちゃくちゃ整っている。

 あきらや未来を可愛い系とすると、こっちは圧倒的に美人系。

 モデルとかやってそうだ。


「見惚れてどうしたの? あ、もしかして……耳咥えられて興奮した?」

「違います!」


 真面目に聞いてくる先輩に頭を悩ませる。

 これはまた、伏山とは別の意味で厄介そうな相手だな。


「身長は百七十二センチ。まぁ高い方だけど、バスケ部で上目指すっていったら普通かな」

「ポジションにもよりますが、ゴール下やるなら高くはないかもですね」

「うーん。その身長分けてくれない?」

「無茶言わないでください」


 冗談なのか本気なのかよくわからないトーンで話してくる人だ。

 一応部活着に着替えているし、やる気はあるのだろう。

 ただでさえ長い足が、折り込んで短くなったズボンの裾から零れ落ちる。

 真っ白できめ細かくて、よく見てきた男子の足とは全く別物だ。


「あーでもよかったよ。怖い人だったらどうしようかと思ってた」

「俺だって怖いかもしれませんよ?」

「えー? こんな可愛い顔してるのに?」

「ち、近いですって」


 顔を近づけてくる城井先輩に、思わず仰け反りそうになる。

 と、彼女はそのままふっと笑みを浮かべて言った。


「ね、キスしていい?」

「……は?」


 聞き間違えだろうか。

 今、キスしていいか聞かれたような気がするんだが。


 千沙山柊喜十六歳。

 彼女はつい先月別れた未来のみで、未だキスの経験はない。

 こんなところでファーストキスを奪われるのか?

 こんな美人な先輩と……?


 っていかん。

 ちょっと嬉しいとか思ってる時点で最悪だ。

 俺は彼女や刺激を求めて女子バスケ部のコーチを受けたわけじゃない。


「可愛い顔見てると、キスしたくなっちゃうんだよねー」

「いや、それは……」


 やんわり断ろうと、俺は先輩の肩に手をかける。

 そしてそのまま――。


「な、なにしてんのよ!」


 急な大声に驚かされた先輩が、そのまま俺の方に倒れてきた。

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