第5話 冤罪

 夏休みを終え、新学期が始まる。

 同じクラスで元カノと顔を合わせるのは思った数倍キツいが、まぁすぐに慣れるだろう。

 だって俺は今日から新たにやるべきことがあるのだから。

 初めての部活なのだから!


 という鋼の精神で午前の授業は乗り切った。

 本当にクラス全員に別れたことがバレているらしく、嘲笑や冷たい視線に晒された。

 どいつもこいつも暇人ばっかりである。


 それに、未来は俺と別れた事を周りにどんな風に伝えたのだろう。

 これは単純な疑問だ。

 だって内容をきちんと把握していれば、非があるのは俺より彼女であるとわかるはずだ。

 自動車事故みたいなもので、10:0になるとは言わないが、少なくとも別れる前に恋人を作り、『もーいらない』なんて言った奴の方がヤバいだろう。


 と、暗い話はやめよう。

 部活だ部活。


 あきらの話では本日練習日らしく、部員が体育館に集まるそうだ。

 全員に根回しもしてくれているそうなので安心。

 みんな乗り気ではあるとの事。

 まぁ連絡を取れたのは、いつも練習に来るマネージャーを含めた四人だけだったらしいが。


 ふむ。


 そして現在、俺は体育館にいる。

 コートの隣半分を使って女子バレー部が練習をしている中、無心で座る。

 コーチ用として用意してもらった椅子にふんぞり返っている。

 一人で。


「なぁあきら」

「どしたの?」

「今日はみんな来るんだよな?」


 唯一コートでドリブル練習をしているあきらに尋ねると、彼女は苦笑した。


「私さっき言ったんだけど」

「……すまん。多分あまりのショックで聞き逃してるからもう一度言ってくれ」

「二年生の先輩はみんな放課後に用事あるらしいから来ない。あとほとんどの部員はサボり。今日来るのは私と、姫希ひめのだけ」

「……今日はみんな来るんだよな?」

「目を回しながら同じ事言わないでよ。ディスク読み取り失敗してるから」


 回る目とロード中の回るディスクをかけたってか。

 うちの幼馴染には珍しく上手い事言うじゃねえか。

 これは座布団二枚だな。

 よーし山田くん……って。


「舐めてんのかおい!」

「あはは。先輩二人はホントに外せない用事があるらしいから」

「他のサボり魔は!?」

「それは……まぁ」

「いやいい。問題はラストだ」


 姫希こと、伏山姫希ふしやまひめの

 同じクラスの奴だ。

 確か髪型はワンサイドアップの、ちょっとおしゃれ意識高そうで態度も結構上から目線な奴。

 夏休みの未来にフラれた日、教室で遭遇したあの子だ。


「伏山さんは何をしているんだ?」

「うーん。部室にはいるはず。スマホ見てるんじゃない?」

「呼んで来い今すぐに!」

「難しい子だからさ」


 同級生だろ。

 どんだけ仲悪いんだよお前ら。


「おっかしいなぁ。昨日のやり取りでは乗り気だったのに」

「……もういい」


 来ないもんは待っていても仕方がない。

 今日体育館が取れているのは二時間半のみ。

 二人しか来ないとは言え、これ以上時間は無駄にしたくない。


「ちょっとどこ行くの?」

「呼んでくる」

「えっ!? それは――」


 あきらの声が聞こえたが、もういい。

 こちらから出向くまでだ。




 ◇




 きったねぇ場所。

 初めてあがる女子の部室だったが、感想はこの一言に尽きる。

 そして次に感じたのは、なんかくせぇ。

 男子あるあるな汗臭さとかじゃなくて、制汗剤や香水や、諸々の匂いが混ざった異質な匂いを感じた。

 要するに異臭だな。


 そんな空間で俺は見つけた。

 よいしょよいしょとスカートの中に履いていたであろう短いズボンを脱いでいる女子を。


 呆然とする俺。

 その俺に気付いて動きを止める女子、伏山姫希。

 上も完全に脱いでいるため、上下ガチ下着を見せながら彼女は固まっていた。

 その視線が訴えるのは”What”なのか”Why”なのか。

 どちらにせよ、絶対にこの場所で見る事はないであろう異物に直面して、思考が滞っていることは想像できた。


 そんな状況で俺がするべきことはただ一つ。


「早く下りて来いよ。みんな待ってるぜ」

「なッ……」

「それじゃ」

「いやぁぁぁぁっ!」


 逃げようと背中を向けるが悲しいかな、バスケットボールという超絶重い球を頭にくらい、ダウンした。

 誰かが脱ぎ散らかしていた服を踏んで体勢を崩す。

 無様に転んだところ、背中に何かが覆いかぶさった。


「え、えっと……」

「君、千沙山クンでしょ。何してるのかしら、こんな場所で」

「い、いや。部活」

「ふぅん。何部? 盗撮? 痴漢? それとも……」

「冤罪です! ……くっ」


 抗議しようにも、乗りかかられているせいで身動きが取れない。

 ガッチリ足でロックされており、そこそこ重いので動けない。

 いや違う。

 動けないのは彼女の力のせいではない。

 彼女の格好のせいだ!


 こいつ……下着姿のまま俺に乗ってやがる。

 お尻の感触がこう、直に伝わってきて。

 うわぁぁぁ。


「何か弁明は?」

「お、俺はただ……」

「ただ?」

「お前を――」

「はいタイムオーバー。お話は職員室で聞きますねー」


 ようやく拘束から免れ、俺はパッと振り返る。

 しかし当然まだ下着姿の伏山さんが視界に入って、咄嗟に目を逸らした。


「俺はお前を呼びに来ただけで! そもそもノックしてるし!」


 そう、俺は入る前にちゃんとノックをしたのだ。

 返事をもらってから入室した。

 こいつは恐らく、俺をあきらか誰かだと勘違いして通したのだろうが、下着姿の奴に出くわしてびっくりしてるのは俺も同じなんだよ!

 しかし、そんな弁明も虚しく伏山に慈悲はなかった。


「タイムオーバーって言ったでしょ」

「いやでも……」

「あ、柊喜っ」


 どうやったら信じてくれるかを、床を見つめながら考えていると目の前で扉が開いた。


「はぁ。だから待ってって言ったのに」


 あきらの声と分かった瞬間、安堵で漏らしそうになった。

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