第4話 食後の運動

「……は?」


 俺は言葉を失った。

 女子部活に入れとはどういう意味なのだろうか。


 俺が中学生ならまだわかる。

 身長も体格も大差ないし、なんとかいけるかもしれない。

 でも流石に百九十も身長があると、女子で通すのは無理があるだろう。

 選手登録できない。


 と、面食らっている俺にあきらは怪訝そうに眉を顰めた。


「柊喜なんか勘違いしてない?」

「してないッ! 俺にはしっかり立派なイチモツと――」

「あーはいはい。キモいからもういいよ」


 男の子と女の子の身体の違いについて、保健体育をサボってきたのであろう幼馴染に説こうとしたが、あっさり黙らされた。


「選手として参加してって言ってないから」

「……じゃあどういう意味だ」

「えっとね」


 そこからあきらは話を始めた。


 なんでもうちの高校の女子バスケ部は体制がかなり劣悪らしい。

 まず部員が少ない。

 二年生四名、一年生五名。

 そこにマネージャーとして二年生が一名。


 顧問の先生はバスケどころか運動のうの字も知らない化学の教員らしく、練習にもロクに来ないそうだ。

 そんなわけだから練習は最悪、試合も惨敗。

 当然選手のモチベも低迷に低迷を重ねて現在皆無状態。

 まともに部活に来るのはマネージャーを含めて五人らしい。

 それじゃあ一チームも組めねえじゃねえか。


「で、なんだ。俺にマネージャーって? 言っておくがそんな少数部活に二人もマネージャーはいらねえぞ」

「違う違う。マネージャーは薇々ららちゃんだけでいいよ」

「じゃあなんだ」

「コーチをして欲しいの」

「なんだそんなことか。それなら――ってハァッ!?」


 なんて言ったのこの人。


「コーチしてよ。このままじゃ練習もロクにできないし」

「待て待て。はぁ? 無理があるだろ」

「ううん。そんなことない。私は柊喜が適任だと思ってる」

「……何を根拠に」


 俺にコーチの経験なんてない。

 そもそも人にモノを教えるのは嫌いなタチだ。

 それに、他人に教えるほど俺自体スポーツを理解していない。

 何を隠そう、俺は現在帰宅部だ。


「何を根拠に、かぁ。わかった。じゃあ外出てよ」

「え?」


 急に立ち上がるあきらに、俺は首を傾げる。

 と、彼女は後ろで手を組んで笑いかけた。


「食後の運動ってやつだよっ」

「……」




 ◇




 嫌な予感が的中した。


 俺の家はそこそこ広い。

 建物だけでなく、庭の面積もかなりのものだ。

 そんなわけで、舗装された地面と大きなバスケットゴールが設置されている。

 このゴールを組み立てるのはいつぶりだろうか。


「なぁ、本気でやるのか?」

「勿論だよ! あ、手加減はしないよ?」

「いじめだろ」


 部活生が帰宅部陰キャをボコボコにする宣言いただきました。

 しかもこちら、米を三合食わされて上手く動けません。

 これは紛う事なきいじめです。


 バスケットボールを持って俺と相対すあきら。

 要するに一対一をしろということか。

 少年向けのスポーツ漫画みたいになってきたな。


「行くよ!」

「あぁ」


 体を揺らしながら、俺のディフェンスを突破する好機を伺うあきら。

 その視線の先にあるのは俺の足先。

 うーん。


「えい!」

「馬鹿か」


 動じない俺にしびれを切らしたあきらが思い切って左側にドリブルを突く。

 しかし、わかりやす過ぎる行動に、勿論俺も反応。

 ボールを奪い、攻守交代。

 俺の勝ちだ。


「うわぁ、柊喜上手いなぁ」

「馬鹿にしてんのか!」


 てへっと笑みをこぼす幼馴染に、俺はぶちまけた。


「やる気あんのかお前は! 本当に俺に勝つ気あったかッ!?」

「も、勿論だよ。心外だなぁ」

「じゃあなんでお前、俺の足元しか見てなかったんだ」


 バスケでボールを貰った時、考えられる行動は三つ。

 ドリブル、パス、そして一番大事なのはシュートだ。


「何故ゴールを見ない? この位置ならシュートを狙え」

「え、いや……その」

「ドリブルしか狙ってない奴を止めるのなんて簡単なんだよ。だからお前は弱い! 中学の頃からなんにも変わってねぇ。部活舐めんな。ちなみに俺はこの攻防で一歩も動いてない」

「わっ! ホントだ!」


 柄にもなく熱く語ってしまった。

 しかしやりすぎたか……と若干不安になるも、すぐさまあきらの顔を見て違う感情が頭に浮かんだ。


「なんで笑ってるんだよ」


 他人にダメだしされて、なんでこいつ笑ってるんだ。

 普通嫌がったりするもんだろ。

 なのに、何で……。


「柊喜が本気で教えてくれたからだよ」


 彼女はケロッとした顔で言った。


「ね、わかったでしょ。私はバスケが下手。そしてその欠点を柊喜は正確に判断し、指摘できる。コーチに大事なのは経験もあるけど、それ以上に選手との関係性」

「俺に、その素質があると?」

「だって幼馴染だもん。私達の絆は並じゃない」


 こうも照れずに言われると、俺の方が恥ずかしくなってくる。

 やめてほしい。


 だがまぁ、理屈は分かった。


「ふぅん。でも絆があるのは俺とお前だけだ。他の部員は?」

「大丈夫! 柊喜優しいからみんなとも仲良くなれるよ!」

「……そうか」


 ノリが軽いな。

 だがしかし、優しいねぇ。


 そう言えば未来にはそんな事言われたことなかった。

 あいつにとって俺は高身長でスポーツできそうっていう外側だけ。

 内側なんて知ろうともしてなかったのだ。


 そして今、俺が欲しいのは内側を知ろうとしてくれる人。

 未来のことを忘れるために、何か別の事を始めるのはアリだ。


「どう柊喜、自慢じゃないけど、うちの部員みんな可愛いよ。新しい彼女できるかも」

「よし乗った」

「え? 自分で言ったけど最後の決め手が不純過ぎない?」

「馬鹿。別に彼女が欲しいわけじゃない。お前がバスケ下手すぎて見てられねえんだよ」

「あはは。そっか。そういうことにしといてあげるっ」




 ◇




「バスケか」


 幼馴染を隣の家まで数秒で送り届け、自宅に帰る。

 なんとなく二階の部屋に入ってクローゼットを漁った。

 中から取り出したのは、くたびれた一足のシューズ。


「もう丁度二年だな」


『県期待の二年生エース』と県内新聞の各所に取り上げられていたのが懐かしい。


 中学二年身長百八十センチ、千沙山柊喜。

 ドリブル、シュート、パスをなんでもこなせるオールラウンダー。

 試合コントロール力に長けており、コート内の状況から戦局まで読める冷静なプレイング。


 確かこんなことを言われていたような。


 座り込んで、右足をそっと撫でる。


「まさかこんな形でやり直すことになるとはな」


 期待半分、面倒半分。

 だがしかし、やれるだけやってみよう。

 せっかくできた自由時間、有効活用しなきゃ勿体ねえ。


 弱小? 人数不足?

 知った事か。

 俺がコーチを引き受けるんなら全国にだって連れて行ってやる。


「弱音吐いても容赦しねえからな」


 不敵に笑みをこぼしながら、俺はバッシュを磨いた。

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