第6話 皮肉な世界

「あきら! なんなのよこいつ!」

「私の幼馴染だよ」

「あんたの幼馴染って女子高生の下着を見に来るきっもい性癖あるんだ?」

「それは誤解だよきっと! ね? 柊喜」

「当たり前だ。俺は伏山さんがいつまで経ってもコートに出てこないから、しびれを切らして呼びに来ただけで」


 ようやく与えられた弁明の場で、俺はついに無罪を主張する。

 すると、伏山は不思議そうに俺を見た。


「呼びに来るって、なんで?」

「なんでってそりゃ――」


 俺はお前らのコーチなんだから。

 そう言おうとして口をつぐんだ。


 そう言えばこいつ、俺が新たなコーチだって知っているのか?

 あきらとの連絡でコーチが来ること自体は知っているようだが、そのコーチの正体が同じクラスの俺であるとは知らないのではないのだろうか。


 ふとあきらを見ると、可愛らしく微笑み返された。

 違う、そうじゃない。


 ようやく部活着に着替えた伏山に向き直ると、俺は聞いた。


「今日何があるのかは知ってるんだよな?」

「はぁ? 何の話?」

「お前ら女子バスケ部に新たなコーチが来るって話」

「あぁ」


 彼女は俺の言葉に、顔をぱぁっと明るくさせる。


「そうなのよ! 若くてイケメンで高身長! コーチとしての経験はないみたいだけど、優しくて素敵な人だって聞いたわ。ねぇあきら?」

「う、うんそうだよ!」

「ちょっと待て」


 頑なに俺を見ようとしないあきら。

 俺はそいつの柔らかい二の腕を引っ掴んで一旦部室を出た。


「お前、コーチが俺だって言ってないのか?」

「ま、まぁ。サプライズって奴」

「だからってあんなでまかせを……」

「でまかせ? どこが?」

「ほら、若くて高身長なのは事実だが、イケメンってのと優しいってのは大嘘じゃねえか」

「えー。柊喜イケメンだし優しいよ?」

「ありがとう。でも違う」


 少なくともそれは、俺を見た人が一般的に抱く感情ではない。

 だって、お前の言う条件をクリアした俺を見た伏山、絶対コーチが俺って思ってないし。

 要するにあいつから見て俺はイケメンではないって事だ。


 ふぅ、まずは勘違いの修正からしなくちゃいけない。

 部室に戻ると、伏山はふんと鼻を鳴らす。


「あきら、さっさとイケメン出しなさいよ。こんな冴えないかわいそーな人見ていたくないんだけど」

「……そのコーチ、俺なんですけど」

「……えっ?」


 俺は傷を抉られた悲しみ。

 そして彼女は、勘違いを悟った悲しみ。

 両者ともに過度なストレスを受けたため、フリーズ。

 数秒後、伏山の甲高い悲鳴が響いた。


「ふっざけんじゃないわ! こいつがイケメン!? あきらあんた騙したわね!」

「だ、騙してないもん。柊喜カッコいいじゃんっ」

「は? 無理だし。今日なんてクラスでのこいつマジで陰気臭くて、そりゃあの性悪女に捨てられるのもなっと――」


 言いかけて、ハッとやめる伏山。

 静かなあきらの怒りに気付いたのだろう。


「やめて。柊喜悪くないもん」

「……確かに、現場に居合わせたけどアレは向こうが」


 伏山は一部始終を聞いていたんだっけか。

 そりゃそういう考えにもなるわな。


「って、別に君の味方をしたわけじゃないわ。嫌いなのよ、あの女」


 せっかくお前の事を上方修正しようとしたのに。

 最後のその情報いらないよ。


「で、結局何なの。あきらが言ってたコーチがこいつって本気?」

「うん」

「君に何ができるの?」


 胸に指を突き刺される。

 だから俺はその指を握った。


「ちょっ」

「爪が長い。切れ」

「え?」

「バスケは手を使うスポーツだし、接触も多い。こういう些細な不注意で怪我をする」

「う、うるさいし」

「うるさくない。その手であきらが怪我した後にも同じこと言うのかよ」

「……切るわよ」


 バスケはルール上、さも接触の少ない競技のように扱われる。

 確かに他のスポーツに比べると押したり引っ張ったりはしないが、飛ぶ競技ってのは意外と危ないのだ。

 部活中の事故率ではかなりの上位種目。

 この上なく不名誉なランキングだな。


「で、君にバスケ教えられるの?」

「さぁな」

「はあっ!?」


 即答した俺に爪を切り始めていた伏山が目を見開く。


「あきら曰く、俺が適任らしい。だから引き受けた」

「信じられないんだけど。ってか君帰宅部でしょ? 運動できるの?」

「昨日あきらには一対一で圧勝したぞ」

「嘘っ!?」


 さらに驚く伏山に、俺は一抹の不安を覚えた。

 この部内でのあきらの実力層が気になる。

 まさか、これで上手い方とか言わないよな?

 夏休みに全国目指すとか考えたが、流石に話が変わってくるぞ。


「というわけでよろしく頼む」

「何勝手にやる気出してんのよ。あたしは……」

「姫希、イケメン来るなら久々に頑張っちゃうわ! って言ってたじゃん」

「こいつイケメンじゃない」

「えー」


 やはり論点はそこなのか。

 確かに顔面にはさほど自信はないが。


「まぁ確かに高身長ではあるけど」

「ほら、カッコいいじゃん」

「そこだけね! そこだけ!」

「あはは。今に柊喜の良さがわかるって」

「わかったわ。数日間様子見してあげる。カッコいいとこ見せなさいよ」

「精進する」


 なんとか身長のおかげで許してもらえたらしい。

 面白い話だな。


 身長が高すぎるが故に『デカいから邪魔』なんてフラれ方をした俺に、高身長だからと少し心を開く女子。

 皮肉なもんだよ、この世界は。

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