それは壊れたおもちゃのように

「俺の……絵本を読むのか? 由衣が?」

「うん。ていうか、ボランティアで読む絵本も康介の奴でいいかなって」


 開いた口が塞がらない。確かに俺は絵本作家志望だから、何冊か創作もしたし、絵本大賞に送った事もある。——結果やその後の扱いは、言わずもがなだが。


「俺の絵本は、子供に悪影響を与える。既存の名作にしとけ」

「はあ? 名作って例えば何?」

「まずは『えを かく かく かく』だな。空は青。太陽は赤。そんな既成概念を覆す絵本だ。緑のライオン、青い馬、赤いワニ。それに間違いなんてない。好きな絵を描いて、好きな色を付けていい事を親子に教えてくれる神作品だ。色だって覚えられる」

「他には?」

「俺的には『できるかな? あたまからつまさきまで』も外せない。簡単な動きからちょっと難しい動きまで、動物達がやってのけるが、できるよ。ってつい真似したくなる。読むだけじゃなく、子供の運動にもなる一石二鳥の有能絵本だぞ」

「はいはい、エリック・カールオタクのアピールお疲れ様です。康介の絵本は……どうせ、部屋の押し入れにでもあるんでしょ?」


 名作絵本の熱弁をバッサリ切りやがった。由衣はそのまま居間から出て、俺の部屋に向かおうとする。敷居だけじゃなく、男子高校生のテリトリーも跨いでいきやがる。


「俺の部屋を物色する気か⁉︎」

「そうだけど? 仮にさ、絵本にAVとかエロ本挟まってても、私は驚かないから安心してよ」

「んな事、俺がするかぁああ——ッ! 絵本は純粋なる心を教養をする、美しき世界だ! けがれなき文化財だ!」

「じゃあ、私に見せられるよね? 康介の絵本」

「ッたりめぇだ! ていうか、なんでそんなに俺の絵本に拘るんだよ!」

「康介が絵本作家……諦めようとしたからだよ」


 高校三年生。進路を本格的に決める時期。先週、俺は進路希望用紙に工業系の就職・進学希望と書いた。それを見た由衣の表情は、今までに無いくらい悲しそうだった。あんな顔させちまった俺が、悪いけど。


「……はぁ、絵本は部屋にねえよ」


 俺は背を向け、居間の日の当たらない所に置いてある不繊布収納BOXまで歩くと腰を下ろしてそれを開けた。その中には更にプラケースが入っていて、パコッと開けると乾燥剤の奥にビニール袋で包まれた四角くて薄い本が三冊ある。俺が作った絵本だ。


「そんな所にあったんだ……」

「本って痛みやすいからよ。湿気と直射日光防ぐんと定期的に虫干しする為に、目に付く所に置いてんだ」


 この世に一冊ずつしか存在しない俺の絵本。市販の絵本キットを用いて作った。たまに遊びに来るいとこや親戚の子供達の暇潰しに活用してるから、少し汚れたり、ページがヨレたりしてる。


「ほら、読み聞かせてみろよ」


 ちょっと煽り気味で、棒立ちする由衣に三冊手渡した。付き合い長いけど、俺が作った絵本を由衣に見せるのは初めてだったりする。


「ふふ、まかせて!」


 由衣は童心をくすぐる笑顔を見せて、大事そうに俺の絵本を胸に抱く。まぁ……所詮は練習だし、いつかは葬ろうとした拙作だ。誰の心も——動かせない、壊れたおもちゃみてぇな絵本だし。

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