幼馴染が俺に、絵本を読み聞かせてくれるらしい

篤永ぎゃ丸

俺らは子供に好かれる夢を抱く

「あんたに絵本読み聞かせてあげるから!」


 わーい、幼馴染のお姉ちゃんが僕に絵本を読んでくれるぅ〜うれしいよぉーッ……って俺が喜ぶと思ったか、大きな間違いだ。


「俺にバブみ属性を追加するな」

「キッッショ! 違うっての。明日のボランティアでやる、読み聞かせの練習に付き合って欲しいんだって!」


 スマホ片手に畳の上に寝っ転がる俺を見下げるのは、保育士を目指す、高校三年生の樋口由衣ひぐちゆい。優雅な休みの日に、こうして俺ん家の敷居を簡単に跨いでくるのも、同い年の幼馴染という肩書きのせいだろう。


「絵本なんて適当に読んでも、子供は勝手に喜ぶだろ。練習なんかいらねぇって」

「あんたがそんな事言っちゃうの?」


 獰猛なクマのフォトが張り付いた白いシャツに、黒いロングスカート。セミロングの髪型。男ウケが良さそうな私服より主張の強い由衣の目線が、俺に厳しく突き刺さる。


「絵本作家のたまごだから、私は康介に頼んでるんだよ」

「……」


 俺はむくりと身体を起こした。そう——俺、真壁康介まかべこうすけは絵本作家を目指す、ごくごく普通の高校生。胸を張って誰かに言えない、可愛らしい将来の夢を持っている。


「もう、絵本作家なんて目指してねーよ。進路指導の先生と、親からもやめとけって言われたし」

「……なにそれ」


 簡単に夢を投げ出す俺に対して、軽蔑するような由衣の声。仕方ないだろ、絵本作家ってのは可愛らしい印象とは裏腹に厳しい世界なんだ。


 収入だって不安定だし、子供のニーズにも親のニーズにも応えなきゃいけない。それがどんなに難しい事か。実際、たくさんの絵本作家が現実に打ちひしがれて、小説やイラストに方向転換してるんだぞ。


「私は、夢——叶えちゃうよ?」


 脳内で言い訳する俺に、由衣は現実を突きつけた。そうだよな……だから積極的に学童保育のボランティアに行ってるし、ピアノだって頑張ってるんだ。よく知ってる。


「……なりたい夢なんて、きっかけ次第でコロコロ変わるもんだろ」


 俺達は近所に住む幼馴染。両親は共働きだから、保育園や学童で一緒に過ごしてきた。その中で由衣は保育士の先生に、俺は絵本に感銘を受けたんだ。


 俺を変えたのは一冊の絵本。芋虫が世界の色んなものを食って蝶になるってシンプルな内容なのに、これがすごい。誰にでも作れそうな材料を使ったコラージュ絵、遊び心を刺激する穴の仕掛け、そして成長しても消えない読み応えを、俺の本棚にまだその絵本がある事が証明してる。親と子供両方を魅了する、すげえ作家の名前は——。


「俺は日本のエリック・カールになるんだ! ……って、私にドヤ顔で言ってたくせに」


 ——なんでそんな事、由衣がまだ覚えてるんだ。こんな可愛い絵本を作ったのはだった。しかもオッサンって年齢で出版した。すげえ憧れた。だから俺は、幼稚園の先生よりも子供から人気者の男になってやるって——。


「……言ったな、そんな事を由衣に」

「諦めちゃうの? 絵本作家」


 静かな一言なのに、ぼんやりした頭を叩き起こしてくれるような力強さがあった。そして俺は畳から立ち上がる、もう一度。


「わぁったよ、付き合ってやるよ。練習に」

「……! よし、それでこそ康介だよ!」


 バァンッと物理的に由衣は、俺の肩を叩いた。一気に現実が痛みとして押し寄せた。幼馴染だからって容赦ないな、痛すぎるぞ!


「……ッでぇ⁉︎ 先生が俺をぶったあ! 体罰はいけないんだーッ!」

「いちいちキャラ作らなくていいから。ほら、読むから出してよ」


 ホイと由衣は右手を広げる。おいおい、絵本持って来てないのかよ。それでよく練習したいって大口叩いたな。まあ、絵本作家志望だし……あるっちゃあるけどさ。


「しょうがねえなあ……で、何がいい? ベストセラーなら、ある程度あるぞ」

康介こうすけの描いた絵本でいいよ」

「はい?」


 その言葉に全身が固まった。ちょっと待ってくれ、俺が描いたつたない絵本を俺に読み聞かせるのか? どういうプレイなんだよこれは。

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