チューボスさんのため息

 転生したらチュートリアル迷宮の中ボスだった。

「いや、転勤だからな」

 突っ込まれたが、元の生活にはもう戻れないんだから死んだも同然だろう。理不尽ハラスメントだらけとはいえ一応普通に暮らせていた仕事を失い、家もなく、そもそも縁の薄かった家族にも存在を葬り去られた。未練はそんなにないが、やっぱり納得はいかない。

 なんで俺なのか。

「だって君、ゲームやらないだろう」

 それが悪いのか。風景を楽しんで下手な絵をかいたり写真撮るほうがすきなんだよ。

「それだと表の生活で死んだあとに探検者をやれないだろう。そういう人を転勤させ、探検者になっても困らないようにする細やかな人事配置だよ」

 このいかれた仕組みには納得ができない。あと自画自賛するな。

「キャリアパスについては一度説明したよね。君は中ボスとして責務を全うしたら新しい名前と身分を得て復帰、以後はディフェンダーとして侵入に対する警戒と調査を行う。表向きの仕事は所定休日の日数、有給休暇の自由取得、困らない程度の収入と残業の発生しないゆるゆるの好待遇。寿命は最大百年を保証。文句あるかい? 」

 そのくらしで不老不死って無理かね。

「やめとけ。試したやつがいないと思う? 」

 とにかく、責務とやらを早く達成すれば長くそういうゆったりしたくらしができるんだな。

「そゆこと。責務はきちんと倒されること。ただ倒されるのじゃだめだ。君を突破した探検者が三階層のボスに十組以上到達すること。このノルマは失敗の状況で増えるから注意してくれ」

 チュートリアル迷宮なので、死に戻りがきくけれどボスの手前で一人でも死に戻ったら全員一階層下からやり直し、ただしボスに負けた場合はその階層の最初からやりなおし、らしい。そしてノルマが増えるのはボスにたどりつけずに全滅してしまった場合。全滅一組につきノルマ一つ加算らしい。

 ちなみにノルマは上の階層ほど少ないそうだ。一階層のやつは百と聞いた。

「最終階層の七階層のやつはきついぞ。ノルマは成果を持ち帰った探検者一チームでいいけれど、もう死に戻りのないエリアに彼らを送り込む役割だからね」

 チュートリアル迷宮は会社が掌握しているからできるらしい。そして探検者は未掌握ゾーンに赴いてなにをするかというと。

「もちろん事業拡大だ。狂った神の作った混沌の世界の掌握を続けて、秩序ある世界にしなければいけない」

 会社もたいがい狂ってると思うけどね。これも狂った神とやらの作ったものだそうだし、掌握のルールもバカげているが狂った神の定めたもの。

 なにもかもおかしいけれど、俺に選択肢なんかない。

 体は既に中ボスに改造済、いわゆる動く鎧、リビングメールで使える感覚は視覚と聴覚。聴覚は鎧の表面の振動も感じ取るのでこれが触感のかわりになる。

 つまり攻撃されるととにかくうるさい。

 勤務時間は朝八時から夕方十八時まで。昼休憩はない。探検者のほうも同じ時間に活動し、迷宮で過ごす時には迷宮の床に呑まれて安全な待機室で休息する。俺もその間は自分の体や装備の改善、鍛錬、仮想空間にはいっての慰安を受けることができる。仮想空間では生身だったころ同様に食べたり飲んだり五感で楽しめるのだけど、それがなかったらきっと発狂していただろう。ここでは中ボス仲間とも交流できるので、貴重な情報を仕入れることもできる。

 中ボスの本体の能力、力の強さ、頑丈さ、体力は変えられないが、装備と戦術は自由に変えることができる。さっさとあがるためには、強い探検者を次の階層にいれないといけない。すぐ全滅するようなのは論外だ。

 あんまり熱心でなかった俺は二番目にざるのように通した連中があっさり全滅してノルマの追加が発生したとき、まずいと思った。

「なにがまずいのかな。僕はこの生活気に入ってるから延々続けたいと思ってるんだけど」

 三階層のボスはそういったが、それは彼の自由で、俺の自由はまっとうな生活に戻るということ。

「じゃあ、休憩時間に一つ上の階層を踏破してみるのはどうかな。あたしはそうしてるよ」

 という一階層のボスはノルマが百四十まで増えてしまったそうで、やっとそのうちの四十ほどを消化できている。つまり、俺の前任者を知ってるし、その人に教えてもらったのだそうだ。

「上の階層のと戦って、戦術を真似したら通過した人たちも戦いやすくならないかな」

 中ボスがそんなことしていいんだと目から鱗だった。

 いいね、いっそボスも倒しちゃおうか。

「オフの時間限定だから、行けても誰もいないよ」

 そうでした。そして「行けても」はちょっと失礼なんじゃないだろうか。

 そう思ってたのは最初のトライまでだった。

 なにこれ、三層の魔物強いじゃないか。そして鎧の体に打撃があたるとやっぱりうるさい。痛くないからっていいものではない。

 結局、最初のやつにも俺は勝てなかった。

 こいつらが中ボスやればいいじゃないかと思う。

「それじゃだめなんだよね」

 畜生、監視されてるな。

「スペック的には勝てるはずだよ。がんばってね」

 でも、力押しじゃ勝てない。どうやら、やったこともないゲームの技術が必要なようだ。

 もうあきらめて三層の彼みたいに居直ってしまおうかと思った時、死に戻りの幻覚か、今そこの地下のセーフゾーンでキャンプしている探検者たちの声が聞こえてきた。

「だめだ。勝てないよ」

「二層の中ボスに比べていきなり難易度あがりすぎだよね」

「くじけるな。一回だけ勝てただろう」

「その次にあっさり敗退したけどな」

「実力、足りてないんじゃないだろうか。このままじゃ効率悪いし、一度二層からやりなおさないか? 似たような攻撃パターンのやついただろ」

「どうやって戻るんだ? 」

「わざと全滅するんだ。全滅すれば一階層下に落ちるらしい」

「二層のボスは雑魚だからかまわず、納得いくまでヘビロテするんだな? 」

「ああ、被害を抑えて全員レベルをあげていこう」

 俺がこれまで通してやった二組の、もう一つの会話だった。

 最近、挑戦者がこない理由がわかったように思う。

 ノルマを増やしてくれた最初の全滅組。彼らみたいにはまって早々に見切りをつけたんだろうな。そして俺に挑戦するのは自信がついてから。失敗したら全滅死に戻りで戻ればいいと考えてんだろうな。

 だめじゃん。

 ノルマがどんどん増えるだけになるのは目に見えている。三層で通用するやつらだけ通すようにしないといつまでもここから出られないじゃないか。

 それに、あんなこと言われてちょっと発破がかかってしまった。

 中途半端な自信でやってきたやつらを粉砕して、ちょっと煽ってみたい。大人げない衝動が俺に宿った。

 十日ほどして、やっとやってきた挑戦者たちは実にたいしたことがなかった。初見の連中なので、以前の対戦で俺の力量を見誤ったってことはなさそうだ。たぶん、三層の強さを見てから駄目そうなら二層に戻ろうと俺のノルマに配慮しないことを考えていたんだろう。

 この時点で、俺は十五かいあるという三層の遭遇の二回目で苦戦中だった。以前なら通してしまっただろう。あぶないところだっらた。

 三層の強さを知ってる二組はさらに慎重だった。半年近く二層で鍛えて、かなりの強さを備えてやってきた。

 このころには俺も十三体目くらいまでいけるようになって、面白くなってきたところだったもので、どこかなめてかかってた彼らを奇襲まじえて撤退に追い込んだ。

 地力でこえられていたのでびびったが、どこかなめた油断があったので遠慮なくつけこませてもらった。さっと変わったあの顔色は快感だった。

 まあ、次は勝てないだろうと思ったが、実際そうだった。しかし、彼らはノルマ達成の一号になってくれた。

 ノルマがあがってくると少しうれしくなる。一層のボスも同じ思いで、三層のボスは冷笑していたが知ったことじゃない。

 おたがい、順調にノルマが伸び始めて励ましあっていた一層の彼女とはボスの務めがあけたらまずはデートしようと冗談まじりに言い合うくらいには仲良くなった。

 たぶんそのうちにどっちも本気になると思う。そんな予感の中、順調にノルマは達成されていった。

 めでたく八組目が三層のボスに達したころ、俺は調子にのって四層まで踏み込んでいた。

 だから気づかなかった。

「三層のボスは雑魚」

「二層のボスの技術すごいぞ。彼で鍛えたほうがいい」

 そんなことを探検者の間で言われていたことを。

 またノルマの上限が増え始めた。俺のところには毎日何組も挑戦にくるやつらが出るようになった。通してしまえばまた戻ってくるのだから必死に撃退するしかないが、それではノルマが消化できない。

 誰か、彼らに伝えてくれないか。俺に勝てたら四層までいけるってことを。

 一層の彼女との達成率が逆転してしまった。いま、俺はものすごく、ものすごく焦っている。


                                 終わり



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