とっとこヤミ太郎

鳥取の人

とっとこヤミ太郎

 エサを補充しようと鳥カゴを開けたところ、オウムのチンチロリンはカゴを飛び出し、座布団にフンを投下、部屋を一周してカゴに戻ってきた。

 フンの臭いを嗅いでみる。くんかくんか。臭いはあまり無い。

 カゴを振り返ると、チンチロリンはゴジハムくんをつついて遊んでいた。先週ペットショップで買ったばかりだが、今のところ僕に懐く気配はゼロだ。


 いきなりガンガンとドアを叩く音がして、聞き覚えのある声が怒鳴る。

「おいメガネ!出てこいや!おるのは分かっとるんやぞ!」

 慌てて玄関に向かい、ドアを開けた。

「借りたカネ払えるんやろな」

 浅黒いコワモテ顔の男──借金取りである──が玄関に入ってくる。50歳くらいに見えるが、実は30そこらだという。何度か会った経験上、この男はおだてて機嫌を取るのが一番だ(カネは無いので)。

「親分ったらいつもカッコいいですねぇ〜!遠いところご苦労様です!まぁ立ち話もなんですから、上がってってください。飲み物もありますんで」

「お前いつもニタニタ笑っとるな。気色悪いぞ」

「そういう顔に生まれついたもので……」 

「まぁええ、それじゃ上がったるわ」


「どうぞどうぞ」座布団を整える。

「なんや汚れてんぞコレ」借金取り氏は座布団を払い除け、畳に座った。

 僕は冷蔵庫から飲み物を取り、ちゃぶ台に載せる。

「どうぞどうぞ。『春限定!桜風味のオロナミンC 麻婆豆腐味』です」

「わけ分からん商品名やな」と言いつつも、闇金おじさんはキャップを開け、ゴクゴク飲み始めた。

「それで兄ちゃん、カネはできたんやろな」

「はぁ、その、カネはまだアレなんですけど、もう少しあれば準備できるハズです。ギャンブルもやめましたんで」

「お前がギャンブルやめた?ホンマかいな」

「じゃあホントかウソか賭けましょうか」

「やめられとらんやないかい!」

「スミマセン!ついクセで…………なんでも賭け事にしたくなっちゃうんですよ」

「どうしようもない奴やな。結局いつまでにいくら用意できるんや」

 とにかくこの場を乗り切らねば。嘘も方便である。

「あと2週間ほどで4630万入ります」

「嘘つけ!どっからそんなカネ出てくるんや」

「市から誤送金されそうな気がするんです」

「そんな事件あったな。っていうか気がするってなんや気がするって。ウソをつくな!」

 突然チンチロリンが声を出した。

「コノ味ハ!……ウソヲツイテル『味』ダゼ……」

 闇金がチンチロリンに目線を投げる。

「このインコなんや?」

「オウムですよ。先々週買ったんです。ぷりちゅ〜な子でして。トイレ以外のとこでちーぷるさえしなければパーへくちなんですけどね」

「ギャンブルで借金こしらえとんのにペット買っとる場合か!」

 怒らせてしまってばかりだ。一旦笑いを取って宥めよう。

「そうそう、この子ね、チンチロリンっていうんですけど、首が180度回るんですよ。飼い主は首が回らないのにね。ヘヘッ」

「ハッハッハ。………………やかましいわ!しばいたろかこのダボ!」

「このマンション壁が薄いんで、あんまりがちゃちゃしないでもらえるとうれぴっプルなんですけど……」

「平日の昼間に部屋にいるやつなんてお前くらいやろ。あとさっきからハム語使うのやめろ」

「うにに〜……」

「殺すぞ」

 借金取り氏は下の名前を公太郎といい、子供の頃は「ハム太郎」と呼ばれてからかわれたそうだ。以前本人が口を滑らせたことがある。

 しかしますます険悪なムードになってしまった。こういう場合は持ち物を褒めるのが一番。

「さすが親分、いい時計つけてますねぇ!」借金取りの腕時計に顔を近づける。

「おっ、見る目あるやないか。これな」と言って腕時計の蓋を90度持ち上げる。なぜか蓋は照準器のようなデザインになっていた。

「腕時計型麻酔銃なんや」

「なんで闇金がコナン君のマネしてるんですか」ついツッコんでしまった。

「別にええやろが!」

 おや、また怒らせてしまった。こうなったらあの手を使うしかない。

「実は僕、手相占いできるんですよ。ひとつ占ってみましょうか」

「フン、占いやなんて………………。

 右手でええか?」

「右手で大丈夫ですよ。ええ〜とこれは……モテ線が長いですねぇ。相当モテるでしょう?」モテ線なんてモノが存在するかどうか知らないが。

 闇金は得意げだ。「分かるか?まぁ、一時は五股かけてたこともあったな。でも今は彼女一筋やからね。真実の愛はいつもひとつやからな。見てみ」

 闇金が袖を捲ると、二の腕にQRコードのタトゥーが見える。

「これを読み込むとな、彼女の写真だけを集めたフォルダにアクセスできるんや」

「わぁ、すごい!ハイテクですね!『ミッション:インポッシブル』みたい!」若干引いてるのを表に出さないよう気をつけながら褒めちぎる。

「まぁね、吐いてクソしてハイテク闇金や」

「何言ってるんだろう」

「なんやとゴラァ!!!俺のギャグが面白ないゆうんか!」

 またもやキレられた。早いこと話を変えよう。

「いや、面白い!面白いですよ!ところで彼女さんなんて名前なんです?」

香菜乃かなのっていうんや。ええ名前やろ?」

「カジノ?」

「なわけあるか!香菜乃や香菜乃。結婚したいと思っとってな。プロポーズも考えとるんや」

「じゃあ僕は結婚できない方に賭けます」

「ホンマにブチ殺したろか?」

「ああ、スミマセン!ついクセで……許してくださいハムタロサァン……」

 借金取りはついに立ち上がり、ちゃぶ台を回り込んで僕の眼の前に座る。

「さっきから全然反省の色が見えんけどな、お前何様のつもりや?」

「も、もちろん分かってます、僕はギャンブル中毒のクズです」

 一呼吸置いて借金取りが口を開く。

「違うな。お前は赤字のカジノ野郎だ」

「……は?」

「上手いシャレだろうが。オレのギャグが面白ないゆうんか?」

「赤字の…………ああ、なるほど……。あ、いや、面白い!面白いです!超面白い!フヘヘへ!」

「なんやわざとらしいなコイツ」僕の胸ぐらをつかんでくる。

「いや、ホントに面白いですって!」


 ちょうどその時、玄関チャイムが鳴った。助かった。借金取りの手を振り払って玄関に走る。誰だか知らないが、怒鳴ったりドアをガンガン叩いたりしないだけマトモな人に違いない。

「ハイ。どちら様ですか?」ドアを開け、客人の姿が目に入る。


 開けるんじゃなかった。訪問者は頭の上にタコのぬいぐるみ帽子を乗せ、ブラウスにもスカートにもタコのアップリケという出で立ち。50代くらいだろうか。さかなクンの亜種のようにも見える。まぁ、春先だからなぁ。

 タコおばさんが話し出す。「天国に行きたくないですか?」

「あ、そういうの結構です」

 ドアを閉めようとするも、タコおばさんは強引に玄関に入り込んできて、僕の手にパンフレットを押し付ける。

「ダンシング・オクトパス教の教えに興味ありますよね?」

「なんで興味あると思われてるんだろ」


 おばさんは靴を脱ぎ、ナチュラルに居間へ向かう。

「だだだ誰やお前!」さすがのハム太郎もこれには度肝を抜かれたようだ。

「なんか新興宗教の勧誘みたいで」

 タコおばさんが挨拶する。「どうも。私のことはタコピーって呼んでください」

「ダメやろそれ……」

 タコピーは座布団に座ろうとするが、何かに気づいて畳に座り直す。僕が借金取りの隣に腰を下ろすのを見て、語り始める。

「まず第一に、神は10次元のタコなのです。神は宇宙を創造した後、自分の姿に象ってタコを創りました。タコは最も賢い生物で、タコは森羅万象の法則を究めているのです」

 パンフレットの表紙を確かめると、見覚えのあるキャラクターの画像が使用されている。

「これクレクレタコラですよね」

「いいえ、神様です。

 神様はタコ以外の生物が数学や物理法則を究めないよう手を打っていましてね」

「やっぱりこれクレクレタコラですよ」

「いいえ、神様ですよ。

 ところで、なぜ恐竜が絶滅したかご存知ですか?」

「隕石が衝突したからじゃないですかね」と僕。

「分岐論的には鳥も恐竜なんやで。詳しく言うと獣脚類に属するんやけど」と借金取り氏。闇金なのにオタクっぽい。

 タコおばさんは僕ら二人の返答をスルーして語り出す。

「ヴェロキラプトルが賢くなり始めたとき、神様は地球に小惑星を衝突させたのですが、ヴェロキラプトル以外の恐竜も絶滅させてしまったのです。反省して以後はもっと穏便な方法をとることにしたと、タコヴァッド・ギーターに書き伝えられています」

「そんなパワー制御できない系キャラみたいな神様でいいんですか?」

「まぁ、そこはタコですから。

 でも神様は失敗から学んで、人間の先祖が賢くなり始めたときはしっぽを無くして緩やかに絶滅させようとしたんです。だから人間にはしっぽが無いのですよ」

「スケールの落差がゴジラとハム太郎の二本立て並だなぁ。でも結局人類絶滅しませんでしたね」

「絶滅させることには失敗しましたが、その後も人類の学問の進歩を遅らせる為に色々やってるんですよ。

 ニュートンが万有引力の法則を発見したときはロンドン大火を起こしましたし、アインシュタインが1905年に相対性理論を発表したときは人類の視力を低下させました。その証拠に、20世紀初頭からメガネをかける人間が急増しています」

「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教みたいな話になってきたな。ホントに教団として成立してるんですか?」

 タコおばさんは目を丸くして叫んだ。「なんてことを!全世界に信者が8000万人いるんですよ!」

「コノ味ハ!……ウソヲツイテル『味』ダゼ……」

 急に喋ったチンチロリンの方に顔を向けるタコおばさん。怒らせてしまったろうか。

「オウムのチンチロリンです。獣脚類だそうですよ」

「もっと細かく言うとテタヌラ類や。そんで、タコは死んだらどないなるんです?」いつの間にか冷蔵庫から2本目の『春限定!桜風味のオロナミンC 麻婆豆腐味』を取っている闇金が訊く。

「タコは死んだらタコの天国に行くのです。タコの天国では毎日タコダンスを踊って暮らすんですよ。タコダンスはタコに最高の幸福をもたらすのです。踊るタコ御殿です」と、元の調子に戻ったタコおばさん。

「さんま御殿みたいに言われましても。ってかそのタコダンス、天国にいかなくても普通に現世で踊れるんじゃないですか?」

「現世のタコはタコダンスに到達できないのです。神様がそのように創造したので」

「なるほどです。しかしタコはそれで良くても人間はどうなるんです?」

「神様を崇拝する人間は人間用の天国に行けるのです。人間用の天国では、毎日たこ焼きを食べられます。たまごっちもあります。人間用の地獄ではイカリングしか食べられない上に、たまごっちがありません。

 私には娘が一人いまして、もう成人して離れて暮らしているのですが、彼女にダンシング・オクトパス教の教義を教えてあげたら変態扱いされてしまいました。あの子はきっと地獄行きですよ」

「娘さん可哀想……。僕はイカリング好きですけどね」

 突然、タコおばさんが僕の額に何かを押し付けた。びっくりして額に手をやる。

「なんですか急に!」

「吸盤フックは神聖な祭具なのです。付けておけばあなたも考えが変わるでしょう。イカリングよりたこ焼きを食べて暮らしたいと思えるようになります」

「うにに〜」

「ダンシング・オクトパス教徒は額に吸盤フックをつけ、タコのように腕をクネクネさせてお祈りするのです。お祈りの最後には必ず『カルパッチョ』と唱えるんですよ」

「カルパッチョにタコ使うの日本だけらしいですけどね」

 不意にすすり泣くような音が聞こえて隣のハム太郎を見ると、ポロポロと涙を落としている。不気味(失礼)…………、一体どうしたのだろうか?

 タコおばさんも驚いた様子だ。「どうしたんです?そんなにダンシング・オクトパス教の教えに感動したのですか?」そんなアホな。

 涙を拭き、情緒不安定闇金が口を切る。

「なんて素晴らしい教えなんや…………吸盤フック俺ももろてええですか?」そんなアホな……。

「まぁ、なんて美しい心の持ち主なのでしょう!もちろん差し上げますとも!」タコおばさんもひどく感動し、借金取りの額に吸盤フックを付ける。

「集会とかしてはるんですか?明日にでも参加したいのですけども」

「明日は安息日です。8は神聖な数なので、毎月8日と18日と28日は安息日なのです。集会は安息日の翌日になります」


 ドンドン!

 またもドアを叩く音。借金取りと同じタイプっぽくてヤダな……でも普通にチャイム押す人も変態新興宗教おばさんだったし、どっちにしろウチにマトモな人間は来ないのだ。観念するほかない。

 玄関に急ぐも、本日3人目の客はすでに無断で入ってきていた。

 ケバケバしい服装にケバケバしい化粧の女性がズカズカと廊下を歩き、僕の額の吸盤フックにブランド物らしきバッグを掛け、居間へ直行する。僕のことは人型コートハンガー程度の認識らしい。っていうか誰やねん。

 額からバッグをぶら下げ、ケバケバさんに続いて居間に入る。このバッグ、やけに重い。

 借金取りが素っ頓狂な声を発する。「香菜乃!?」

「はむはー。寂しくて来ちゃった!」

「どうしてここが分かったんや?あとハム語やめて」

「アンタのスマホの位置情報チェックできるようにしてあるんだ」

「マジか……。いや、それより香菜乃、お前もこの人の話聞いてくれ!ホンマに有り難い教えなんや!」

 タコおばさんのいる方に首を回した香菜乃お嬢。束の間、ぎこちない沈黙が部屋に流れる。

「……母さん……?」

 彫刻のように固まった変態タコおばさんが、か細い声を絞り出す。

「か、香菜乃……?」

 4、5秒後、この状況を飲み込もうと努力しながら、闇金ハム太郎が言う。

「……え、お、親子なん?」

「私と父さん捨てて蒸発したクセに!怪しいカルト宗教の勧誘なんてしてんのかよ!このクソッタレ!ゴミクズ!タコ!」

 茹でダコのように顔を真っ赤にして怒りをぶちまける娘。対して母親は干しダコのように縮こまっている。(そして僕はチョウチンアンコウのように額の吸盤フックからバッグをぶら下げている)

「あ、あれにはのっぴきならない事情が……」

 借金取りが割って入る。

「まずは落ち着け!お母さんだってお前を捨てたんとちゃうやろう。それにダンシング・オクトパス教の教えは……」

「やかましい!すっこんでろ!」

 借金取り、彼女に怒られシュンとして引き下がる。

「そうよ香菜乃、私はあなたを捨てたわけじゃなくて……」

「コノ味ハ!……ウソヲ……」チンチロリンは途中で眠ってしまった。闇金が腕時計型麻酔銃で撃ったのだ。

 そして闇金は畳に膝をつき、両腕をくねらせ始めた。

「神様、香菜乃とお母さんを仲直りさせてください……」

 ダンシング・オクトパス教のお祈りを試みているようだ。タコというより揺れるワカメだが。

 タコおばさんが語りかける。「ねぇ、カジ……じゃなくて香菜乃……」

「今名前間違えそうになっただろ」香菜乃お嬢は僕の額に掛けたバッグから何かを取り出し、両腕を前に突き出した。

 ヌンチャクだ、と僕が思った瞬間、茹でダコは「アァチョーーー!!!」と叫んで干しダコに飛びかかった。なんか重いと思ったらヌンチャク入ってたのか。

 転がるように逃げ出すタコおばさん。廊下を走って行き、玄関から外に出る音。

 ばいきゅー、タコおばさん。

 茹でダコはまだ興奮冷めやらぬらしく、ヌンチャクを振り回し続けている。僕の部屋に、ヌンチャクが空を切る音と、借金取りの祈りが響く。

「ギャンブル中毒のアホ共が借金返してくれますように……」

 ヌンチャク振るのを止めた香菜乃お嬢に尋ねる。「この人どうします?ずっと祈ってますけど」さすがの借金取り氏も腕が疲れてきたのか、下手な阿波踊りみたいになっている。

「コイツおかしなトコロあるから……前にも一回うにに〜な新興宗教にハマりかけたことがあってな」人型コートハンガーと会話してくれるとは。優しい。

「危ないクスリのやりすぎなんじゃないでしょうか?」

「ハム太郎ちゃん危ないクスリなんてやってないよ。大好きなのは酒とタバコと大麻」

「ひまわりの種みたいに言われても。しれっと大麻混ざってるし」

「まぁ、明日には正気に戻るだろ。この前もそうだったし」未だに祈り続ける彼氏を見遣りながら呟く。

「じゃあ僕は正気に戻らない方に賭けます」

「しばくぞテメェ」ヌンチャクを振りかざす。

「スミマセン!ついクセで……」

 お嬢は一呼吸置いて口を開く。

「お前何様のつもり?」

「もう聞きましたよ。赤字のカジノ野郎ってんでしょ」

「は?何それ」

 お嬢、ようやく静かになった借金取りを振り返り、少し優しい口調で訊く。

「ほら、もう帰ろ。なんか食べたいものとかある?」

 借金取りが口を開いた。

「カルパッチョ」

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とっとこヤミ太郎 鳥取の人 @goodoldtottori

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