黒の皇女 その5

 フィリアナは病気をわずらっている――。

 薬を飲めば症状は和らぐ――。

 これらは『昼間』のフィリアナもとい『白』のフィリアナを少しでも安心させるためにアイドラントが考えついた嘘だった。

 当時、幼かった彼女に「魔女にかけられた呪いだ」「呪いは一生解けることはない」と正直に伝えてしまうのはあまりにも酷だった。だからこそありそうでない病や薬をでっち上げることにした。

 また、この事実を知る者を限定するためにフィリアナに仕える従者は最小限にし、尚且なおかつ彼女にもしものことがあった時のために昼に世話をする従者と夜に世話をする従者を用意した。

 このことを知るものはフィリアナに関わる一部の者だけとなっている。ましてや国民は彼女が病にかかっていることすら知らず、白のフィリアナのみを敬愛している。

 だがこのクリアレスタ皇国最大の秘密を一番に知られてはいけないはずの者が知っていた。

 それが『今』のフィリアナもとい『黒』のフィリアナだ。

 なぜ彼女が知っているのか。それは彼女は自我が芽生えてからしばらくのこと。

 アイドラントは黒のフィリアナにも白の彼女と同じことを話した。しかし呪いの効果によるものか、彼の言葉をすぐに信じた白のフィリアナとは逆で、黒の彼女は彼を疑いにかかった。さらにアイドラントの態度を鋭く観察していためにフィリアナは彼の言葉が嘘であると分かってしまった。

 強く疑われてしまったアイドラントは諦めて黒のフィリアナには本当のことを打ち明け、彼女は何度か疑問を投げ掛けた後、言われた事実を静かに受け止めた。

 それからの黒の彼女は自身に出来ることを探し求め、現在は彼女のために設けられた執務室にてアイドラントが処理するはずの『影』からの報告書をまとめている。


 部屋には紙に羽ペンを走らせる音のみが響き渡り、執務机ライティングデスクに置かれた燭台しょくだいが唯一の灯りとなって部屋の主人を照らしている。

 フィリアナは最後の書類を書き終え、紙の束へ送るとすぐに席を立とうとする。しかしそれを見計らってか目の前に紅茶と彼女の大好きなマカロンが置かれると、彼女は渋々といった様子で席に座り直す。


「…………」


 フィリアナは隣にいたヨルナに小さくお礼を言った。


「いえ」


 ヨルナも余計なことは言わずにただ一礼をした。

 本当ならフィリアナは書類整理を終え次第、水の王子の保護へと向かいたかっただろう。だがその仕事熱心やゆえに自身の体を気遣うことを忘れてしまい、集中力が散漫したり考えがまとまらなくなったりして次の業務に支障をきたしてしまうことが多々あった。

 そのためヨルナはこうして茶菓子を出しては少しでも休ませるようにしている。

 フィリアナがマカロンを食べ終えると同時にヨルナは皿を下げ、入れ替えるように一枚の紙を渡す。


「これは?」


「『影』からの追加の情報です。水の王子と彼を護衛する配下の者の所持品について、静物画とともに書かれています」


 ヨルナの説明を聞きながら、フィリアナは紙に目を通す。

 そこには宝石がはめ込まれた指輪や耳飾り、配下の証と思われる紋章などの線画とその特徴を記した文章が載せられていた。

 フィリアナは紅茶を口にしてからヨルナに質問をした。


「王子の似顔絵は出来なかったのか」


「申し訳ありません。何分、第三王子は表立っての活動をまだしておらず、王子の顔を知る者はほとんどいないようなのです。皇帝陛下でさえ幼い頃の王子を拝見して以来、顔をお見受けしたことがないようです」


「なぜだ?」


 ヨルナは数秒の間を開けた後、淡々と答えた。


「どうやらジュリアス王が意図的に王子を表に出さないようにしていたようです。なぜそのようにしていたかまでは分かっておりません」


「……そうか」


 フィリアナは欲しい情報を得られなかったことに多少不満を抱えたものの、仕方ないと割り切るように残りの紅茶を一気に飲み干す。

 それからすぐに席を立ち、着替えの準備に移った。

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黒白の皇女 傷月 賢忌 @hurtmoon

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