黒の皇女 その4

 しばらくしてフィアンナはあることを思い出し、手を打ち鳴らす。


「そうだわ! あなた、何か大切なことを忘れていると思うのだけど?」


「ん? ああ、そう言えばフィリアナに保護する者の顔や服装を教えてやらないとな。間違えて息子を殺してしまったなんてあいつに知らせる事にはしたくな……いや、確かあれは事前に書類へまとめてフィリアナの執務室に置くようバークスに頼んだったか」


「…………」


 全くの的外れな答えが返ってきたことでフィアンナはまた怒り顔になる。

 それに気づいたアイドラントは慌てて謝ろうとするが、今度は許そうとせずに彼女はそっぽを向いてしまう。

 フィアンナが本気で怒ってしまうとそれ以上話をすることが出来なくなり、時間を空けるかもしくは何か彼女の気を引く物を渡さない限り聞く耳を持ってくれなくなる。

 アイドラントは悩みに悩んだ末、仕方なく椅子から立ち上がり彼女のもとへ近づく。そしてふところから小さな紙袋を取り出しテーブルに置いた。


「フィア、これを見てくれないか?」


 そう言われたフィアンナは渋々そちらに顔を向ける。袋を見た彼女はアイドラントに疑問を投げつける。


「これは?」


 彼はそれに答えず、開けるよう進める。

 フィアンナは不満に思いつつも、袋を自分に寄せて中を開ける。

 覗くとそこには氷のような輝きをほのかに放つ豆粒のようなものが数個入っていた。

 それを見た彼女は大きく目を見張った。


「これって、もしかして!」


「ああ、“レイデリシャ”の種だ」


 アイドラントの答えにフィアンナは満面の笑みを浮かべた。

 実は彼女は趣味として植物の栽培を行っており、そのため自身の所有する庭園に世界中の花を咲かせたいという夢を抱くほど珍しい種には目がなかった。

 そして彼が渡したものは雪に閉ざされた地域にしか群生ぐんせいしない氷の花びらを咲かせるという花の種で、以前から彼女が欲しいと願っていたものだった。


「本当は明日あすの朝に渡そうと思っていたのだよ。今日はもう遅いからな。それに、この種の育て方がこの地だとかなり厳しいらしいから詳しいことも明日、ゆっくり話そうと思っていたんだがな……」


 直接は言わずともアイドラントが自身へのプレゼントを忘れていなかったことに感極まり、同時に自身の態度を後悔したフィアンナはとても申し訳ない気持ちになった。


「ご、ごめんなさい、あなた。私――」


 すぐに謝ろうとした彼女だったが、アイドラントが遮る。


「いいさ。俺もすぐに君に渡さなかった非がある。お互い様だ」


「あなた……!」


 彼らはお互いの愛を確かめるように互いの手を取り、見つめ合い、許し合った。

 その場はしばらく二人だけの空間となり、壁際にずっと黙って控えていた使用人たちは良くも悪くももどかしい気持ちでいっぱいになってしまったのだった。

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