第5話「真実」最終話



翌日、ラーラは遺体で発見された。


ラーラの隣には二枚目と評判の吟遊詩人の死体も転がっていた。


二人のバックから金目のものがなくなっていたことから、地元の騎士団は物取りと判断した。


騎士団の話では吟遊詩人はラーラの浮気相手で、ラーラは吟遊詩人と駆け落ちしようとしていたらしい。


そして駆け落ち当日、運悪く強盗に遭遇し殺された……。


妻が殺されたことで夫である僕も疑われたが、騎士団の奴らは僕が国王の第一子であると知ると掌を返した。


そして王族の体裁を考えてかラーラの死は事故として処理され、ラーラと吟遊詩人の関係も、ラーラの妊娠も公にはされなかった。


王位継承権を捨てて結婚した女が死んだのに、不思議と悲しくはなかった。


男爵領に来てからのラーラの態度が酷すぎて、僕のラーラに対する愛情も関心も薄れていた。


今ならなぜラーラに惹かれたのかわかる……珍しかったんだ。


ラーラは王太子だった頃の僕の周りにはいないタイプの人間だった。


珍しいものに触れた好奇心を愛と勘違いしていた。


下町にいけば、ラーラのような女はいて捨てるほどいるというのに。


ラーラが死んだいま男爵領にいる意味はない。


しかし父との約束で男爵領から出ることも再婚することも許されていない。


残りの人生を一人寂しく過ごすのかと思ったら、胸がズキリと痛んだ。


ラーラの葬式に父や母が来てくれないかと期待した。


両親に今までの行動を誠心誠意侘びて、王都に戻してもらおうと思ったからだ。


しかし父も母もラーラの葬儀に来ることはなかった。


ラーラの葬儀に参列したのは屋敷の使用人だけだった。


ラーラは領民に好かれていなかったので、葬式に領民の姿はない。


そんな中、僕の学生時代の友人が葬儀に参列してくれた。


ルイス・ニクラス伯爵令息、いや卒業後家督を継いだから今は伯爵か。


僕が王太子だった頃、クラスメイトのよしみで派閥に入れてやった地方出身の貧乏伯爵家のルイスが、今は僕より高い身分にいるのかと思うと複雑な気分だった。


ルイスの治める伯爵領と僕の統治する男爵領は隣同士。


彼がラーラの葬儀に参列してくれたのは旧友としてのよしみというより、隣の領地を治める伯爵としての義理だろう。


ルイスは商売をやっていてよく王都に行くらしい。パーティーで弟と会話することもあるという。


幼い頃から僕の側近を勤めていた公爵令息や侯爵令息に比べれて財産が少ないというだけで、ニクラス伯爵家は貧乏ではなかった。


少なくとも今の僕の何倍もお金を持っている。


他に王都のことを聞ける相手もいないので、ルイスに王都のことを尋ねた。


「なぜ父上と母上はラーラの葬儀に参列しないのか?」と。


ルイスは心底呆れた様子でこう答えた、

「王位継承権を剥奪した息子の嫁、しかもかつて平民だった女の葬儀に陛下や王妃様が参列なさるはずがないでしょう」と。


「僕は自ら王位継承権を放棄したんだ、剥奪されたわけじゃない」


僕がそう反論すると、ルイスは王都での事を教えてくれた。





卒業パーティーのあと、ナディアの冤罪はすぐに晴れたこと。


ラーラは清純な女などではなく、食堂に来る客に色目を使うアバズレだったこと。


王都でラーラが誘拐されそうになったのは、過去にラーラが手酷く振った男の逆恨みだったこと。


僕が卒業パーティーでナディアに冤罪をかけ、公衆の面前でナディアとの婚約破棄したことで、僕は廃太子され王位継承権を剥奪されたこと。


間違いを犯した僕を塔に生涯幽閉するか、地方の男爵領に送るかで一カ月間もめていたこと。


被害者であるナディアが僕の厳罰を望まなかったので、僕はラーラとの結婚が許され男爵領に送られるという比較的軽い罰で済んだこと。


優秀なナディアを手放すのを惜しいと判断した父が、ナディアを弟の婚約者にしたこと。


僕は王都で王位継承権と完璧な淑女であるナディアを捨て、平民の尻軽女と結婚した間抜けと言われていること。


ラーラは男爵領に来てからも男遊びを繰り返していたこと。


ラーラが男爵領で男遊びしている噂はニクラス伯爵領にも届いていたこと……などなど。





ルイスの話を聞いて僕は言葉が出なかった。


ラーラの誘拐未遂はラーラの昔の男の仕業でナディアは無実だった?


僕は生涯幽閉されるところだった?


僕の窮地を救ってくれたのがナディア?


ナディアが弟の婚約者になった??


あまりに衝撃的な事実を次々に突きつけられて、思考がまとまらない。


真実を知らなかったのは僕だけだったのだな。


絶望が胸を支配し、心臓が嫌なリズムを刻む。


僕は……間違ってしまったのか……?


放心状態の僕を残し、ルイスは帰って行った。


僕はラーラの墓地の前からしばらく動けなかった。



☆☆☆☆☆




僕はラーラの死後、屋敷にこもるようになった。


現実を認めたくなかったからだ。


使用人が部屋に食事を持って来てくれるが、トレイに乗っているのは硬いパンと豆のスープだけ。


僕が男爵の仕事をしないから、さらに家が貧しくなった。


そのうち僕は悪夢にうなされるようになった。


僕の捨てた者たちが僕をあざ笑う夢を……。


悪魔にうなされベッドから飛び起きることも増えた。


そういう日は、目が覚めた後も胸が騒いでいる。


ラーラと出会った時の心が踊るような鼓動ではない。


肌がジリジリと痛み、唇が乾き、体が小刻みに震える……そんな嫌なドキドキだ。


一人でいると「こんなはずじゃなかったのに……」という後悔が押し寄せてくる。


僕はただ愛する人と一緒になりたかっただけなんだ……。


なのに……すべてを失ってしまった。



――終わり――


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王太子だった僕がドキドキする理由〜王太子は平民の少女と恋に落ち身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました……では終わらない物語・完結 まほりろ @tukumosawa

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