第4話「もうそれは珍しいものではない」



―半年後―


男爵家の破産の危機は僕とラーラの宝石や衣服を売り、使用人の数を減らすことでかろうじで脱した。


家令から財政難を告げられた日から食事はパンと、豆のスープと、じゃがいもと玉ねぎのキッシュのみになった。たまに茹でた鶏肉が出てくることもある。


生活が質素になってからラーラの機嫌が悪い。


「田舎にはなんの楽しみもない。

 買い物も出来ない、美味しい料理も食べられない、綺麗なドレスも着れない、世話をしてくれる使用人の数も少ない、新婚なのにセックスも出来ないなんて最低!」


王都を出るとき「弟に子ができるまでラーラとの間に子供を作らない」と父と約束した。


だからラーラと子供が出来る行為をするわけにはいかない。


弟のイムレはまだ学生だ。婚約者もいない。


弟が婚約者を見つけ結婚するのは学園を卒業した後になるだろう。弟に子供ができるのはもっと先になる。


避妊薬を使えば子供が出来るリスクを回避できるが、今の生活レベルではとても買えない。


「僕が男爵位を賜ったとき、ラーラはあんなに喜んでくれたじゃないか」


「あのときは貴族に順位があることも男爵の暮らしがこんなに貧しいことも知らなかったのよ!

 貴族はみんな一緒だと思ってたの!

 毎日宝石やドレスを買って大勢の使用人にかしずかれて、贅沢な暮らしが出来ると思ってたのよ!」


「なら僕がプロポーズしたとき黙って受け入れれば良かっただろう!

 そうすればお前は王太子の愛人になり贅沢な暮らしが出来たんだ!」


「愛人になるなんて嫌よ!

 私は正妻の地位もお金もどっちも欲しかったの!」


貧しくなってからラーラとの口論が増えた。


ラーラと一緒にいても前ほどときめかない。


「喧嘩しても仕方ない、気晴らしに街の散策でもしよう」


ラーラをデートに誘ったが、


「買い物するわけでも、ご飯を食べに行くわけでも、劇を見に行くわけでもないのに、こんな田舎の街を散策して何が楽しいのよ!」


断られてしまった。


僕も庶民の暮らしを見ても前ほど胸が高鳴らなくなっている。


王太子だったとき庶民の暮らしを見てわくわくしたのは、庶民の暮らしが王太子の生活と結びつかなかったからだと気づいてしまった。


今の僕は市井の人間とさして変わらない生活をしている。そして死ぬまでこの生活が続く。


彼らの性格を見て胸がときめくはずがない。


ラーラのころころと変わる表情も、喜怒哀楽がすぐに出る性格も、最近はうっとうしく感じている。


ここには僕の教養に釣り合った人間がいない。高度で政治的な話をできる人間が誰もいない。


ラーラは僕が知的な話をしても、つまらなそうな顔をするだけ。


これがナディアだったら……いや元婚約者の事を考えても仕方がないな。


次第にラーラと会話する回数も減り、顔を合わせることも少なくなった。


その頃からラーラの様子が変わった。


ラーラは昼間寝て、夜中に起き出し、毎晩どこかに出かけるようだった。


そしてある日ラーラが妊娠した。


僕は結婚してからラーラと一度も子作りをしていない。だからラーラのお腹の子は僕の子ではない。


ラーラを問い詰めると、

「うるさいわね! この貧乏男爵! 金を持ってないあんたなんかなんの魅力もないのよ! あんたとなんか離婚よ!」

と言われ突き飛ばされた。


ラーラはそのまま屋敷を出て行ってしまった。


王太子の地位を捨て愛する人と一緒になったのに……こんなにもあっさりと裏切られ、結婚生活が破綻してしまうとはな。


離婚は認められていないし、弟より先に子を作ることは許されていない、父にラーラの妊娠についてどう報告したものか……。


とりあえずラーラを探し出して家に連れ戻さなくてはならない。父への言い訳はそれから考えよう。


しかしラーラがこの家の敷居を生きて跨ぐことは二度となかった。

 




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