俺の好きになった子は、めちゃくちゃわかりやすい子だった
CHOPI
俺の好きになった子は、めちゃくちゃわかりやすい子だった
今日、『後輩』じゃなくなりました。
今から五年前。日差しが夏のソレに変わり始めた、梅雨明け宣言の少し前。私は一個上の先輩に恋をした。中高一貫のこの学校は、制服が可愛いから、ただそれだけの理由で選んで入学したのにもかかわらず、入学早々もっと別の通いたい目的が出来たんだから結果オーライだったのかもしれない。
登校理由の一つに上がるくらいである、恋したお相手。そんな先輩との出会いは劇的だったのか……というと、実は全くもって劇的なんてものではない。初めの頃の印象は、チャラい見た目と少し着崩した制服。それでいつも生活指導の先生に止められている姿。なのに聞こえてくるウワサは『頭が良い』。本当にそんな二次元みたいな人がいるんだ……。それが関わる前に抱いていた感想。
そんな先輩と初めて関わったのは、入学した年の最初の夏前。ぼーっとしていたら何故かプールの清掃当番にされた私が、放課後にめんどうくさい気持ちを抱えたまま向かった先で一緒に掃除をした記憶。それが、私が先輩に恋をした日でもある。
一個上のカースト上位・パリピのイメージ。対してそんな言葉が瞬時に浮かぶ私は、もちろんカースト下位。窓際で本を読んで過ごしてるネクラ。お互いおんなじ学年、同じクラスだったとして絶対に関わり合いが出来ないような、そういう存在。それなのに関りを持ったのは、ほかにも数人、清掃に回された生徒はいたはずだけど、真面目に来たのは私と先輩、だけだったっていうこれまた二次元的展開だったから。
「ごめん、オレの学年の他のやつ、みんなバックレたみたいだわ」
ヘラヘラ、そんな音が聞こえてきそうな笑みを浮かべながら言う先輩に対して、『むしろ私はあなたが一番バックレそうだと思いました』という失礼なことを考えていた。……ら。
「オレが一番バックレそう、とか思った?」
ヘラヘラの笑顔のまま、心を読まれてめちゃくちゃ焦った。え、声に出てた?
「……ねぇ、キミさ。名前は?」
ヘラヘラの笑みを崩さない先輩に対し、しどろもどろに名前を告げれば何故か『これからよろしく!』って右手を差し出された。え、これからって何、っていうかこの右手は何。そう思っていたらしびれを切らした先輩が私の右手を掴んだ。その瞬間。いとも簡単に、私は先輩に恋に落とされた。
「え、今の話のどこに恋に落ちる要素があったの?」
最近私の様子が少し変だと、年の近いお姉ちゃんにつかまった私は根掘り葉掘り聞かれた。聞かれた挙句に言われたのがその言葉だったので、自分でも何が要因で先輩に恋をしたのかはよくわからない。
「……まぁ、でも。恋は『落ちるもの』って言うからなぁ……」
恋愛慣れしていな私は『落ちやすかった』のだと思う。
先輩が『これからよろしく!』って言った意味はその後すぐにわかることになる。先輩は私の何が気に入ったのかはわからなかったけれど、とにかく学校でよく声をかけられるようになった。教室移動の際に通る、二年生の廊下で、とか。お昼休憩に自販機に飲み物を買いに行った先で、とか。そうしているうちに、先輩の周りの人たちも私を認識し始めるし、私の同級生も先輩と私の関係を不思議がりつつ認識されるようになった。
初めのうちはうまく返せなかった返事だったけど、時が経つにつれ少しずつ先輩と話せるようになっていった。それでわかったことは、あのヘラヘラの笑顔の下で、先輩は人の感情の機微にすごく敏感っていうこと。だから話を盛り上げるのも上手いし、いっつも怒られている先生からもなんだかんだ愛される。立ち回りの上手さや、相手との関係性を築く上手さを素直に『すごいな』と思った。
そうして少しずつ時間は過ぎていき、お互い学年が上がった二度目の夏。
「花火大会、一緒に行かない?」
相変わらずヘラヘラ、そんな音が聞こえてきそうな笑顔の先輩から言われた言葉に、私は一瞬固まった。
「先輩と?」
「そう」
「誰が?」
「お前に決まってるじゃん」
「私?」
「だから、そうだって」
『相変わらずだなー』、先輩はそう言ってただでさえヘラヘラしていたのに、さらに目元を緩めた。え、そんなに目元って緩むのか、人間って。そんな別の方向に思考が飛んでいた私は、気が付けばあれよあれよと先輩に乗せられ、その年は先輩と二人で花火大会に行った。
それからもたくさん行事を過ごした。学校の行事も、季節のイベントも。なんでか先輩は私の隣にずっといてくれた。その意味が私にはよくわからなかったけど。それでも良かった、私は一年の夏のあの日からずっと、先輩が好きだったから。
「告白すればいいじゃない」
何度、お姉ちゃんや他の友人から言われたことか。だけど普通に考えて、私はカースト下位のネクラなわけで。住む世界がハナから違う先輩に恋をしたのが運の尽き。言えるわけがない。……っていうのはただの言い訳、本当は自分が一番わかってる。答えは簡単、いたってシンプル。私には自信が無い。それだけ。言えば今の関係が無くなる怖さの方がずっとずっと大きい。だから、私には告白は無理。そう思っていた。
「なー、そろそろさ、言ってくれないの?」
先輩にとってはこの学校最後の夏。出会って五年目。相変わらずずっとヘラヘラ笑顔の先輩は、初めて話したプールを屋上から見下ろしながら言った。
「え、何をですか?」
「俺、結構待ってるんだけど」
「だから、何をですか?」
「やだ、言ったら俺の負けだから。察してよそこは」
「……はぁ」
先輩が私に何を求めているのか。先輩のように相手の感情の機微に敏感だったらわかるのかもしれないけど、あいにく私は先輩じゃない。相手の感情の機微なんてわからない。
「えー……。本当に? まだお預け? 俺、この学校最後の夏来ちゃうんですけど?」
「唐突にどうしたんですか」
「制服デート、したいなー」
「……彼女、作るんですか」
モヤッとした。言えないってわかっていても、好きな相手から『彼女が欲しい』なんてニュアンスの言葉を聞けば、やっぱりモヤモヤはする。
「うん、作りたいよね、彼女」
「……先輩ならすぐにできるんじゃないですか」
自分の中のモヤモヤが大きくなっていく。『嫌だ』って思う。先輩に彼女が出来て、私と一緒に居てくれなくなるのは、嫌だ。
気が付けば私の視線は完全に下に下がっていた。自分の上履きしか見えない。今、先輩はいつものヘラヘラ笑顔のままなのだろうか。
「彼女、欲しいけどさ。俺が好きな子が彼女になってくれないと意味が無いんだよね」
先輩の好きな子。いつも横にいるあのキレイな先輩? それとも仲の良さそうな可愛い先輩の方? 心当たりのある先輩たちの顔を思い浮かべてはモヤモヤが増していく一方で。『嫌だ』、心の声が少しずつ大きくなって。
「ねー、今さ、俺の好きな子予想して、『嫌だ』って思ってない?」
私は顔を上げられないまま、先輩の言葉を聞いていた。その言葉はまさに私の思っていることで、なんでそんなにわかるの、そう思う。
「嫌なら嫌って言ってよ」
「……っ」
緊張して、喉に出したい言葉が張り付いて、うまく外へと出せないもどかしさ。だけど、先輩がここまで言ってくれている。だから。
「……、イヤ、です」
蚊の鳴くような声で必死にそう伝えれば、視界の上の方、先輩の上履きの先が見えて。
「なんでイヤ?」
その声は今まで聞いた中で一番フワフワして、甘くて、でも軽やかな先輩の声で。その声に溶かされるように力の入った喉は少しだけほぐれて。
「先輩のことが、好きだから」
相変わらず蚊の鳴くような声しか出せなかったけど。そういった直後私の視界は白に埋もれて。
「やっと、言ってくれた」
先輩の香りが、いつもよりもずっと強く香っていた。
少し落ち着いてから二人、一度離れて距離を取って。
「じゃ、今日からまた。改めてよろしく」
先輩はそう言ってあの日みたいに右手を出した。あの日固まった私は少しだけ成長していて、今度は固まらずに右手を出せたけど。その右手を強く引っ張られて先輩に引き寄せられた、と思ったら。先輩は空いた左手を私の頭に優しく回して、それから。
――ボンッ
本当にそう音がしたんじゃないか、っていうくらいに一気に顔に廻った熱と、目の前の先輩のユルユルの笑顔。
「初チュー、もーらい」
今日、“ただの”『後輩』じゃなくなりました。
俺の好きになった子は、めちゃくちゃわかりやすい子だった CHOPI @CHOPI
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