夢の中へ

斉宮 一季 / 高月院 四葩

カサブランカ街道

「スウィープ、来てくれたのね!」


 扉を開けるなり、真っ白なプリンセスラインのウエディングドレスを召した我が共同研究者・フェーブルが私を出迎えた。

 大きく出た背中を青みがかった花の刺繍の入ったチュールが優しく包んでいる。裾はバルーンのように広がっており、足元まで白一色。

 いつもは下ろしている栗毛のボブも、今日はシニヨンに結っている。頭を彩る水色のフラワードレスも彼女に似合っている。

 普段はメイクをしない彼女が、珍しくおめかししている。ナチュラルメイクで、唇にひかれた桃色の口紅が顔の輪郭をはっきりと際立たせているようだ。

 率直に、綺麗だった。

 私はまだ、結婚とは程遠い子どもだ。言うまでもなく、結婚願望についてすら考えたことはない。

 それでも、フェーブルの姿には一種の憧れのようなものを感じた。何とも名状し難い感情が私を渦巻く。

 私はそれを押しのけるように、咳払いして言う。


「フラワーガールですから、来ない訳ないでしょう」


 フェーブルはクスッと笑った。


「十二歳のフラワーガールなんて聞いたことないけど、引き受けてくれてありがとう」


 私の目線に合わせて、フェーブルは腰を屈めた。目を合わせて、二人で苦笑する。

 魔術の共同研究を始めて早半年。私たちは、魔術を用いて縫ったドレスを製作するという研究を行なっている。

 歳も一回り以上離れているコンビでも、人間関係としては良好。半年前、抑鬱状態にあった私も、心から笑うことのできる程度には回復していた。

 思ったような研究結果は得られていないが、この人に拾われて良かったと思う。

 研究風景を思い出しながら、私は訊く。


「どうして、実験で作ったドレスを着なかったんですか?」


 一ヶ月ほど前に、ウエディングドレスを縫う実験をしたばかりだった。結果は上出来で、彼女の好みに合う仕上がりになっていたはずだ。『末長く一緒にいられるように』とまじないをかける結婚式にはもってこいのドレスだと私は思っていた。だって、そういうまじないを礎にして縫っていったんだから。サムシングブルーの『お祈り』より、よっぽど効果があるまじないを。

 私にはそれが疑問でならなかった。なぜ、まじないのかかっていない所謂『普通のドレス』を選んだのか。

 フェーブルは立ち上がって、ドレスを見せびらかすように一周した。


「これはね、彼に選んでもらったドレスなの。『フェーブルさんにはこれが似合います。だからこれを着て下さい』って。私はね、その気持ちが何よりも嬉しかった」


 目を細めながら彼女は続ける。


「まじないに縋りたくなるような関係なら、いっそ壊れてしまった方がいい。私は彼の気持ちをまじないより大事にしたかったの。まぁ、結局、青の入ったドレスだから、おまじないは入ってるっちゃ入ってるんだけどね」


 いつもまじないの匂いを漂わせているフェーブル。今日はこれっぽっちも匂いを感じなかった。それも、これが理由なのだろうか。

 私は俯きがちに言う。


「……私にはわかりません。まじないで関係をより強固なものにするっていう考えはないんですか?」


 永遠を誓う魔法だってこの世にはある。フェーブルのようなレベルの魔法使いであれば、それだって使えるはずだ。ずっと一緒にいたいと思うなら、まじないや魔法にだって縋りたくなるものではないのか?

 再び、しゃがんだフェーブルは白いレースの手袋で口を押さえながら言った。


「もちろん、そういう考えもありだと思うし、素敵だと思う。でもね、私たちには必要なかったって話。何て言うのかな、魔法より大事なものを優先したって言えばわかる?」

「何を優先させたのか、さっぱりわかりません」


 フェーブルは苦笑する。唐突に私を抱き上げた彼女は、幾本ものカサブランカの入った花瓶の前で立ち止まった。

 その内の一本が萎れている。

 フェーブルはその一本にふっと息を吹きかけた。キラキラとした光を放つ吐息がかかると、みるみるうちにカサブランカは元気を取り戻した。

 それを片手でそっと撫でたフェーブルは私の顔を見た。


「萎れてたって、魔法をかければこんなに元気になれる。でもそれって、『生』なのかな?」


 カサブランカを撫ぜた手は、私の頬へ。


「魔法使いだから、魔法に頼っちゃう部分もある。けれど、ここぞという大事な場面では魔法に頼りたくないの。何だか、人としての『生』を失ってしまうような気がして」

「……私には、何が何だか」


 ふふっと笑ったフェーブルは、私を床に下ろす。

 やっぱり、魔法を使ってより確実な方へ事を運ぶ方が良い、と私には思えてしまう。だから、フェーブルの言っていることは理解できない。

 フェーブルは窓を背に、頭を掻いた。


「スウィープには少し難しかったかな?」


 彼女は笑っていた。でも、とフェーブルは言う。


「もっと大きくなったらわかるかもしれないね」


 そうだ、私はまだ子どもだ。普段、大人たちに囲まれて生活しているから、自分は大人であると錯覚していたが、大人の言うことが理解できなくても不思議ではない。

 いつか来る、フェーブルの言ったことを理解することができる日を楽しみに、私は部屋を後にした。

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夢の中へ 斉宮 一季 / 高月院 四葩 @itk_saimy

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