第3話 秋月祭り

 秋になると、秋月祭りが行われる。大学の学祭で、三日間に及ぶ。出店や展示、ステージ発表など毎年豪華に行われるが、目玉は文芸部によるOB討論会だ。有名な作家や編集者を輩出しているだけあって、討論会のステージはいつも賑わいを見せる。

 今年も例年と同じOBが来てくれることになった。いつもと違うのは、そこに一人、特別ゲストが混じることになったことだろう。OBの一人が大物ゲストを連れてくると言ってはばからなかったのだ。秋月融ではOBの権力は絶対だ。断ることは基本的にできない。



三.秋月祭り



 書くことに困ったことはない。逆波にとって創作は自己表現ではない。パズルのようなものだ。数式のように美しい文章に知性を感じる。組み合わせは無限大にある。書いても書いても飽き足らないほど、ピースは世の中にあふれており、書くことができなくなるという感覚を味わったことがない。

 ただ、コンクールでもそれなりに賞をとるようになってから、言われることがある。

 君の文章、機械が書いた見たいだね。

 きっと、馬鹿にしているのだから、面白くはない。しかしそれが美しいと思っているので、今のところ直そうとは思わない。

「逆波くんは小説のテーマ、どうやって決めているの?」

 ミステリ界の巨匠、今や日本のミステリといえばというほどの存在、赤山悠木がそう尋ねてくる。逆波は、少し考えてみる。テーマになりそうなことをメモにしておいて、その中から組み合わせの美しい物を選んでいる。だが、その答えはあまり共感はされないだろう。

「日常を過ごしていて、面白いなと思ったことをメモにして、あとで見返してますね。心に強く残っていることをテーマにしがちです」

 赤山はにこやかに頷く。ステージに立っているのだから、誰もが猫をかぶっているのだろうが、赤山はことさら仮面をきつくかぶっているような印象を受けた。この赤山がOBの一人、大村静の連れてきた、外部の人間だ。

 リハーサルからにこやかに話す人だったが、今はどこか値踏みされているような気分になる。逆波も負けじと笑顔を貼り付ける。パイプ椅子がぎしりと音を鳴らす。立て付けが悪い椅子だな、と思う。

「いいやり方だと思う。小説家を目指したい、創作をしたい人は彼のやり方を見習うといいよ」

 討論会は、滞りなく行われる、大村も赤山も、他のOB連中も、始終和やかだった。

「そうだ、逆波くん」

 討論会も締めくくられようとしたとき、不意に声がかけられる。反対側に座る、赤山だ。赤山は実にフレンドリーに、こういった。

「このあと時間ある? よかったら食事でもどう?」

 一瞬心が揺れる。大村がいる中、この誘いを断ることは悪手以外の何物でもない。厄介だ、と思うものの、逆波は断ることを諦めて、頷いた。




 食事をどうか、と言われたらまず思い浮かべるのが大学近くのファミレスである。だが、赤山が指定したのは秋月融だった。

「来てみたかったんだよね~」

 背が高いこともあって、昭和時代の建物である寮のドアに頭をぶつけそうになっている。赤山は一通り中を探索すると、何のためらいもなく、逆波の部屋へと入っていった。この寮は個室に鍵をかけない癖があり、逆波も例に漏れず鍵をかけていなかった。

「鍵あいてんの面白いよね。普通かけるよ」

「そうですね」

 壁際に置いてある一人分のソファに座ると、赤山は大きく伸びをした。このまま眠ってしまいそうな仕草に、逆波はどうするべきか思案する。

「心配しないでも帰るよ。でも疲れたから休憩。座れば?」

「僕の部屋ですけどね」

 ちょうど飲み物も切らしていたので、仕方なく逆波は従った。ソファから離れて座ると、わずか上から赤山に見下ろされることになる。迫力のあるきれい系、と形容すべきか。

「で、本当のところ、どうやってテーマ決めてんの?」

 にこりともしない表情筋に、普通の人は恐怖すら覚えるだろう。だが、逆波は小さく微笑む。

「さっきも言いましたよ」

「逆波くんの書く小説、そんなありふれたやり方してないでしょ」

 また機械的だね、と言うつもりか。そう思い逆波はわずかに身構える。

「君が書く小説は、感覚に頼らない美しさがあるよね」

 赤山はわずかにうなる。

「あの美しさは、俺には出せないからね。・・・・・・どうかした? 俺は何か変なこと言った?」

 評論家きどりのくそじじい・ばばあ共は、こぞって感情的で暴力的な文章を評価しやがる。若い頃は荒削りなくらいがよいと言う。最終的には逆波の小説をこき下ろして、まぁ優秀賞、と言うのだ。

 これまで最優秀賞をとったことがない。それにこの寮には怪人も秀才も宇宙人もいる。一生、自分の文学は理解されないのだと、思っていた。

「・・・・・・僕は、綺麗なものが好きです」

「そうなの? それにしては内容はわりとリアルだなっておもうけど」

「それは内容ですね。言葉の羅列や気持ちの合理性。そういったものをパズルのように組み合わせていくのが好きなんです。僕にとって、小説は、ジグソーパズルです。機械的で面白みがないと言われますが、僕はこれが美しいです」

 しばらく沈黙が続く。居心地が悪くて、視線を落とす。どう評価されても、自分を変えることはなかった。だが、今ここに座っていると、早く解放されたいと思う。変わってしまいそうな自分がいるから。

「俺は、好きだけど。だから興味があるわけで」

 体の奥底の胃の下の方が熱くなる。マグマだまりがぷつぷつと沸騰しているような感覚だ。

「逆波くんは・・・・・・俺に興味ある?」

 ないわけではない。挑戦的な視線にさらされ、ありませんと言えるほど、自己が確立しているわけでもない。ただ、肯定してしまうと、変えないといけない気がするのだ。そんな葛藤など、お見通しの赤山は喉で一つ笑った。

「今のままだと、君は優秀賞だ。それをなぜか君はわかっている」

 綺麗な言葉の羅列だけでは、表現できない物もある。もちろん、馬鹿とか阿呆とか使っていないわけではないが、適切で、ふさわしい場所でしか使わない。不適切な場面で使うと、その文章は汚れて見える。だが、たまに、怪人や秀才、宇宙人がやってのけてしまう。不適切な文字の羅列が、美しくなるのだ。

「俺の弟子になってみない?」

「え?」

「大学をやめろとかは言わない。秋月融にいてもいい。コンクールや持ち込みも止めない。ただ毎月短編を一本提出してみること。といってもこれも強制ではない。学業がおろそかにならない程度に。どう?」

 小説界の至宝、赤山悠木の弟子になれることなんて、この先ないだろう。なります! と声を大にして言いたい。だが、自分を曲げることになるのでないか、と即答できない。

「俺は君の文章を盗む。君も俺の文章や言葉から盗む。これはwin-winなんだよ」

 怪しげに微笑む赤山に、引き込まれる。何度も言うが、

逆波は、綺麗なものが好きだ。もし失敗しても彼を言い訳にすればいい。たぶらかされたと言えばよい。腹の中のマグマが暴れ出す。

「おねが、いします」

 いつの間にかソファから降りてきた赤山が視線を合わせる。いたずらが成功した子どものような笑顔だ。間近にそれをみて、なぜかマグマが爆発した。

 駆け巡るのは、創作のテーマたち。次は何を書きたいかわからなくなりそうだった。メモを取りたくてさまよう手を握られる。そのときにわかったのだが、自分の手が異様に冷たい。熱が伝わってきて、そして解けるように力が抜けていく。




 冬季には、毎年秋月融のメンバー全員が同じ賞に応募することになる。要は、頂上決戦が開催されるのだ。誰がよりよい小説を書くのか。


 才能も努力も、一握りの人間にしかないものだ。

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