第15話 清水での決意
池田屋での一件以来、長州の残党を捕縛し、未だ怪しい動きをみせているということで忙しくしていた。
忙しさを言い訳に気にしないようにしていたのだが、最近久遠の様子がおかしい。
それは、周りも薄々感づいているようだが、当の本人が「何にもないですよ~」と躱すので、どうしたものかと頭を悩ませている。
朝餉や夕餉の時、池田屋の前までは勢いよくご飯を食べていたのが、時々渋い顔をする。
掃除や洗濯は変わらずこなしてはいるが、いつも顔をしかめている。
声をかけても反応が一瞬遅れる……など。
常にぼーっとしている。疲れでもでたのだろうか。
そういえば、明日の夜に祇園祭の後夜祭がある。
気分を変えるためにも連れ出してやるか。
そう思いながら、屯所内を歩いていると丁度中庭で洗濯をしている久遠を見つけた。
洗濯物を干しているが、心ここにあらずというような表情だ。
「久遠」
俺が縁側から話しかけるが、久遠はこちらを振り向かない。
最近は、いつもこんな感じだ。
「おい、久遠」
俺は、縁側を降り久遠の側により話しかける。す
ると、ようやくゆっくりとこちらを向く。
「……あ、土方さん。お疲れ様です」
口角だけ上がり、一応微笑んでいるように見せているその表情に俺は一瞬口ごもる。
「……お前、明日の夜空いているか?」
なんとか言葉を発する。
久遠は、少しだけ首を傾げるがすぐに口を開いた。
「……特に何もないですが」
「そうか、わかった。出かけるから準備しておけ」
「……わかりました」
表情を変えることなくそう答える久遠は、再び洗濯に戻る。
今までだったら、いつも表情が豊かで明るく、こいつが何を考えているのか丸わかりなのに、まるで感情がわからない。
これはこれで静かでいいのだが、なんだかしっくりこない。
俺は、久遠から離れ自室に戻る。
あれは、かなりの重症である。
池田屋に連れて行ったのがよくなかったのかもと一人で反省した。
次の日の夜、夕餉は俺と久遠の分はなしにしてもらい、出かける準備を終えた。
自室を出て、久遠の部屋に向かう途中総司と遭遇した。
「土方さん、桜ちゃんと逢引ですか?」
総司が突然聞いてきたので、俺は思わず否定する。
「んなわけあるか」
「へぇ~」
含みのある笑顔を向けてくる総司に若干の苛立ちを覚える。こ
いつは、いつも俺をからかって遊んでいる。
「まぁ、でも……」
総司が急に腕を組み、真剣な眼差しで久遠の部屋の方へ視線を向ける。
「最近の桜ちゃん、様子が変ですしね。多分ですけど、桜ちゃんを元に戻すことができるのは、土方さんしかいないですから」
がんばってくださぁ~いと言いながら手を軽く振って立ち去る総司。
あいつはあいつなりに久遠のことを心配しているのだろうと思った。
なんだかんだ、皆久遠がいることに慣れてきている。
俺は、久遠の部屋の前に立った。
「久遠、準備できたか?」
そう声をかけると、中からがさごそと音がし、襖が開く。
そこには、いつもの着物を着て、髪は一つにまとまっており、そこに以前俺があげたかんざしを挿した久遠がいた。
化粧を施しているのか、普段よりも目が大きく、頬や唇が紅く染まっており、思わず目が釘付けになる。
「お待たせしました……」
照れ臭そうに髪を手で整える久遠。
久しぶりに久遠の感情が読み取れるような気がして少し安心する。
「……よく似合っている」
俺がそう言うと久遠は目をさらに大きく見開き、手で顔を覆う。
「え、なんですか土方さん!デレ期ですか!?照れちゃう」
なんだかよくわからないが、喜んでいることだけは理解できた。
ここにきて、なぜいつもの調子なのか、逆に不思議に思ったがとりあえず今は外へ連れ出すことに集中しよう。
「行くぞ」
「はい!」
こうして、俺たちは祇園祭の後夜祭が行われる祇園へと向かった。
夜になって普段は人通りが少ない祇園は、大勢の人がいた。
暗い道も出店が多く出ており明るい。
「わぁ~この時代の祭りもすごい~!」
昨日までのはなんだったのかと思うほど、久遠は目を輝かせて町並みをみている。
「土方さん!あれ、食べたいです!」
久遠が指をさした先には、焼きいか屋だった。
「行くか」
「はい!」
足早に出店に向かう久遠の後ろをゆっくりついていく。
なんだか、子どもの面倒をみているようだ。
「土方さんも食べますか?」
「あぁ」
さっそく店の前まで着いた久遠が振り返り、聞いてくるのでそれに答える。
久遠は和気あいあいと店の者と話しながら、注文していく。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
俺が店の前へ着いた頃には両手に焼きいかを持った久遠がいた。
「はい、土方さんの分!」
ひとつ焼きいかを渡されるのでそれを受け取る。
香ばしい匂いに腹が減る。
焼きいかの代金を店の者に渡し、店の前から離れる。
道の端に寄ると焼きいかを頬張る久遠。
「いかおいしすぎるっ!」
「そうか」
夢中でいかを食べる久遠は、子どものようだ。
実年齢より若く感じられるのは、久遠の無邪気さ故だろうか。
いかを食べ終わり、ふたたび街を歩く。
周りを見渡しながら歩いている久遠は、たまに人とぶつかりそうになって危うい。
「おい、少し落ち着け」
「だって、外出るの久しぶりですもん!前出た時は池田屋事件のと……」
池田屋と発した久遠ははっとした表情のあと、立ち止まり買おを俯く。
……やはり予想通り、池田屋でのことで何か気がかりなことがあるのだろう。
「……静かなところで話すか?」
「……はい」
俺は久遠の前へ行き、清水へと足を進めた。
土方さんに連れてこられたのは、清水寺だった。
修学旅行で来たことがある清水寺と何ら変わりない。
この時代から現代まであるものを見つけ、少しばかりほっとした。
現代の清水寺とは違い、人が少なく街灯がないため薄暗い。
清水の舞台だけはしっかりとあり、土方さんが縁に座ったので釣られて私も横に座る。
前方に目をやると、そそには満点の星空が広がっていた。
この時代のこういうところは好きだ。
「…………」
周りに人がおらず、土方さんと私の呼吸音だけが響く。
この世界に、私と土方さんしかいないようだ。
こうして、連れ出された理由はなんとなくわかっている。
最近の私は、心の整理がつかずに居たからだ。
大好きな新選組、それは間違いない。
ただ、実際に目の当たりにした悲惨な現場と死体、常に死と隣り合わせなこの状況に私はようやく現実を突きつけられたのだ。
これからも、新選組には池田屋事件のような、そしてそれ以上の修羅場をくぐり抜けることを私だけは知っている。
現代を生きてきて、ここまで身近に死を感じたこともなかった。
そのギャップに私は苦しんでいた。
さらに、池田屋で会合が起こると知っていた私は、それを敢えて黙っておいた。
大好きな新選組の歴史を変えたくなかったからだ。
しかし、文面で見るよりひどい怪我を負った藤堂さんを見て、言わなかったことを激しく後悔したのだ。
もし、私が池田屋であることを最初に言っていたら、藤堂さんがあそこまでの怪我を負うこともなかったかもしれない。
私が伝えたところで歴史は変わらないかもしれない。
だが、変わったかもしれない。
考えれば考えるほど、私はどうするべきなのか分からなった。
ここ数日、様々なことを考えた結果、私は新選組がより良い方向に行くようにサポートしたいと思うようになった。
もちろん、いつ死ぬかも分からない新選組と一緒にいることはリスクでしかない。
しかし、目の前の彼らを少しでも救うことができるのは私しかいないのだ。
1度、沖田さんにあなたは結核という病気だと伝えようとしたことがある。
その時、私に激しい頭痛が襲ってきた。
どうやら、直接的に未来のことを言うことを神は阻んでいるらしい。
だから、私は未来のことを直接的に彼らに伝えることは不可能。
で、あれば、それとなくサポートしながら新選組を救いたい。
暗い未来からみんなを救いたい。
ひいては、土方さんがもっと長生きできるようにしたい。
土方さんを護りたい。
これが今の私の目標だ。
ふと横にいる土方さんの方を向く。
月夜に照らされた土方さんの横顔はとても美しい。
私は、この人を全力で守りたい。
今は、心からそう思っている。
私の視線に気づいた土方さんは、こちらの方へ顔を向けてくる。
顔を振り向く動きでさえサマになる。
「ん?なんだ?」
「やっぱ、土方さんってかっこいいなぁと思って」
「お前なぁ……」
正面に向き直りながらため息を吐いて頭を抱える土方さん。
私、土方さんを困らせるの嫌いじゃない。
土方さんは、指の隙間からチラッと私を見てきた後、素早い動きで私の顎を掴みクイっと上げてくる。
近い距離で土方さんと目が合う私。
止まる息。
「……そんなこと、軽々しく言うんじゃねぇ」
ゆっくりと離れていく土方さんにようやく呼吸ができるようになる。
私は、膝を抱えそこに顔を埋める。
「あぁ〜!!土方さんずるいっ!!!」
腕から少しだけ視線を土方さんにやると、片膝をついて前を向きながら勝ち誇ったような顔をしている。
この人、意外と子どもっぽいところあるよなぁ。
「大人を舐めるな」
「いや、私も大人です」
目を見開いてこちらを見てくる土方さん。おい。
「……ガキにしか見えないな」
「あれ?ちゃんとハッキリ言いますね?」
まぁ、確かにこの時代の同年代よりはガキっぽいかもしれないが、それはだってつい最近社会に出たんだから仕方ない。
この時代の大人になる年齢が早すぎる。
いや、大人にならざるを得ないのかもしれないが。
「……俺が連れ出すまでもなかったな」
土方さんがそう言いながら立ち上がるので、私もそれに合わせて立ち上がる。
「いえ、そんなことないです!良い気分転換になりました!ありがとうございます!」
私は深く頭を下げる。
土方さんが連れ出そうとしてくれなかったら、ここまでの決意はできてなかった。
土方さんを守るという決意は、昨夜決めたことなのだから。
なぜなら、土方さんにここまで気を遣わせるのはさすがに申し訳ないと感じたから。
一応、大人なので。
「そうか」
土方さんのほっとしたようなその顔に私は不覚にもドキッとした。
「〜〜〜だからっ、土方さんずるいって」
「……何がだ?」
「この無自覚イケメン!」
「いけめ……?」
「分からなくて良いです!」
眉間に皺を寄せる土方さんを尻目に私は屯所に向かって歩き出す。
「……なんなんだ?」
後ろからボソッとそんな声が聞こえて顔が綻ぶ。
私が振り向くと、土方さんが片眉をあげた。
「土方さん!帰りましょ!」
私のその言葉に土方さんは少し口角をあげる。
「あぁ」
腕を組み歩き出す土方さんを少し待って、横に並びながら屯所へと帰った。
オオカミな新選組 ことまるびぃ @Kotomaruby
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