第6話 夜泣きトンネル①

「ねぇ〜テルくん!一緒に行かない?」

「なんでまた肝試しなんて思いついたんだよ」


 俺が教室に入るとテルが1人の女の子に詰め寄られていた。

 彼女の名は佐々木花。

 ボブカットの黒髪に大きな瞳。童顔に小柄な少女は何を隠そうテルの彼女だ。去年彼女の猛アタックの末に付き合う事にしたらしく、テル本人もかなり溺愛している。

 恐ろしいほど顔には出さないが。


「おはよう。また朝から仲良いな」

「お!マサ!」


 俺が席に着くとマサは嬉々として振り返ってくる。

 ちょっとは彼女の事気にかけろよ…。なんか怪訝な表情してるぞ。


「ねーえー、テルくん怖いの苦手だっけー?」

「別にそういう訳じゃないけどさぁ…」


 なんかテルは気が乗らないらしい。

 普段なら結構ノリノリで行くだろうに。


「なんでそんなに渋い顔してんだ?佐々木さんの誘いならいつも嬉しそうに乗ってるじゃねぇか」

「え、日比野くんそれ本当!?テルくん嬉しそうにしてる!?」

「うん、そりゃあもう。ウザイくらいに」

「おいお前!」

「なぁんだぁ!テルくんってば照れ屋さん♡」


 佐々木さんが思いっきりテルに抱き着いて、朝っぱらからイチャイチャするもんだからめちゃくちゃ周りから見られてるぞ。

 当のテルもこれにはちょっと眉を顰めてるし良い気分だけど。


「それで?なんで行きたくないんだよ」

「それがさぁ。企画してるのが梁間の野郎なんだわ」

「あー、そりゃ面倒いな」


 この学校で梁間を知らない奴は恐らく居ないだろう。

 彼女が居るくせに気に入った女子は誰かの彼女であろうと容赦なく奪い取ろうとする。何ともまぁ許せないクズ野郎なのだ。

 加えてかなりのトラブルメーカーで停学寸前の事で毎度騒がせている。


 それで今回の肝試しと来た。あらかた佐々木さんやら他の女子を釣るための良からぬイベント何だろう。

 テルが顔を顰めるのも訳ないか。


「正尚くん、皆さんおはようございます」

「おはよ〜マーくん」


 礼儀正しく綺麗な透き通った笑顔で挨拶してくるささらと眠そうな目を擦りながらユキがやってきた。


「おう、おはよう二人とも」

「花ちゃんじゃん。どーしたの?」

「ユキちゃんー。実はかくかくしかじかでさ〜?」


 佐々木さんの説明にテルも合わせて補足して二人に経緯を説明する。

 すると驚く事を言ってきた。


「それ私達も誘われたわよ?」

「まじでか!?」

「うん、さっき教室入る前にその梁間さん?て方が声掛けて来たよ」

「ユキが目を付けられてるのは分かるがささらまで手を回そうとしてきたのか…」

「ま、正尚くん?」


 ユキは贔屓目に見てもかなり美人だし、ささらも負けず劣らずだ。

 正直彼女達が好きで男と付き合うなら歓迎だが、梁間だけは別だ。どうしたもんか…。


「それで断ったのか?」

「そのつもりだったんだけどねー。強引に日時書いたメモだけ渡して行っちゃったのよねー」

「どうする?マサ。梁間の野郎の事だし、ブッチしたら他に何されるか分かったもんじゃねぇぞ?」

「ぐぬ………。」

「大丈夫だよ!私あの人興味無いし!」

「お、おう。そりゃ良かった…。」


 グッと両手を握りしめてアピールしてくるささら。

 他の人の前だと敬語も崩さないし清楚そのものなのに、俺の前だと7年前みたいに子供らしい態度を取ってくれるんだよな。可愛いかよ。


「因みに場所は何処なんだ?」


 佐々木さんに尋ねると返ってきた答えはちょっと驚く場所だった。


「えーと、昭和トンネルだったはずだよ?」


 ◇


 昭和トンネル。

 別名『夜泣きトンネル』と呼ばれるそのトンネルは山中の旧街道に存在していて、地元じゃ有名の心霊スポットだった。

 何でも半月の日の夜にそのトンネルに行くと女の子の幽霊が出るとかで実際に目撃例も多い。


 俺を含めた五人は指定された待ち合わせ場所。と言うか夜泣きトンネルの目と鼻の先の場所まで来ていた。


『二人のためにわざわざ出向くなんて正尚やっさし〜♪』

「やかましいわ。仕方ないだろ、それくらいヤバいやつ何だよ」

『まぁ〜可愛い二人が毒牙に掛かっちゃうのは私も嫌だから賛成だけどね』

「それより姉ちゃん。このトンネル、やっぱホンモノだよな」

『お、正尚にしちゃいい線読んでるじゃん。ただし、多分噂見たいな生ぬるい物じゃないよ』

「それって…」


 俺が詳しく詳細を姉ちゃんに尋ねようとした時、件の梁間一行がやって来てさえぎられた。


「おー!来てくれたんだね!嬉しいよー!一人呼んでないも来てるけど」


 梁間はあからさまに鬱陶しそうにこちらを睨んできた。

 と言うかギャルっぽい彼女だけじゃなく、その他に数人のギャルと男も連れていて本当にヤンキーと言う言葉がお似合いだ。


「大事な友達を無策でこんな危ないところに行かせられる訳ないだろ」

「危ない?ははっ!お前あんな噂信じちゃってんの!?お笑いだわ。子供騙しの作り話に決まってんだろ!」

「その割にはウキウキなんだな。随分楽しそうじゃないか」

「そう余裕ぶってるのもいつまで持つかな?そういうお前こそビビって漏らすんじゃねえぞ。お前が逃げ帰った後にその二人は俺が匿ってあげるから」


 その言葉と不躾な視線を投げかけられたささらとユキはビクッと体を震わせている。ユキに至ってはバレないように俺の服の裾掴んできてるし、相当ビビってんじゃねぇか。


「ユキ、大丈夫か?」

「しょ、正直ヤバいかも……。怖い……」

「無理すんなよ。取り敢えずこれ持っておけ」

「……御札?」


 俺が手渡したのは侑特製の御札だ。一時的に霊の干渉から身を守れる有能な御札だ。


「それと何があっても傍から離れるなよ」

「う、うん…。ありがと」


 ユキの震える体を安心させるために背中をさすってやってるとささらが耳打ちしてきた。


「正尚くん。このトンネル想像よりいっぱい霊がいるね」

「やっぱそうか。あの連中はどうなってもいいがユキ達は俺達で何とか守り切るぞ」

「そうだね!燃えてきた〜!」

「ささらも無理はしないようにな」

「それは正尚くんもだよ!それに、私は正尚くんを守れるように修行してきたんだもん。7年前とは違うからね」


 そう言って微笑んでくるささらの顔が俺には凄く眩しく見えた。


 ◇


 廃トンネルってのは実にメジャーな心霊スポットだろう。

 そもそもライトのついていない真っ暗闇なだけでも相当恐怖心を煽られるのだから仕方ない。

 俺も正直言うとこういう場所は苦手だしホラー自体得意というわけじゃない。


 対抗策を一応持っているってのが心の支えになっているに過ぎないからな。

 それで、俺達は今その全長1キロ位ありそうな廃トンネルの中を歩いている。


 梁間とその取り巻き、男子3人と女子4人が先行していて、俺達はその20メートル程後ろをゆっくりと着いて行っていた。

 前の集団の話し声が木霊して聞こえるが、俺とテルが持っている懐中電灯の光はそこまで届かない。

 どんどん入口は小さくなっていくと同時に恐怖心も大きくなってくる。


 ささらは言わずもがな、余裕な面持ちで俺の左横を歩きながら周囲に注意を払っている。

 加えて意外にも余裕そうなのが佐々木さんだった。

 水を得た魚の様に活き活きとしてテルに抱きついたりと甘えているのが聞こえてくる。

 ぶっちゃけそこまで愛されるってのは羨ましい限りだ。俺はそこまで愛された事は無いからなぁ。


 そんでもって半ばグロッキーなのがユキだった。

 本当に怖いらしく、先程から俺の服の裾をギュッと握ってはプルプルと肩を震わせているのが分かる。


「大丈夫か?」

 ……ふるふる。


 ユキは力なく首を横に振る。

 俺は正直引かれないか迷ったが、右手でユキの手を取った。侑が昔怯えてた時は良く手を握ってやると嬉しそうにしてたのを思い出したんだけど…。


「ま、マーくん?手…」

「嫌だったらすまん。ただ、この方が安心できるかなと思ってな」

「嫌だなんて……。そんなわけないじゃん。えへへ、嬉し」


 ユキはちょっと肩の力が抜けた様で、少し笑顔が見て取れた。


 そうこうしてると俺達は行き止まりにさしあたった。

 粗大ゴミが乱雑に置かれ、先に進めないようになっていた。

 でもそうなるとおかしい。


「なぁ、あいつらどこ行ったんだ?」


 俺達の前を歩いていたはずの梁間一行の姿が何処にも見えなくなっていたのだ。

 唐突に現れた事象に誰も何も言えない。

 冷や汗がぶわっと吹き出してきて、背中に悪寒を感じて俺は思わずユキと繋いでいた手に力が入る。

 誰かの生唾を飲み込む音さえ鮮明に聞こえてくる。

 しかし、訪れていたのは静寂だった。


 さっきまで聞こえていた梁間達の笑い声もいつの間にか聞こえなくなっていたし、本当に忽然と姿を消してしまった様に感じられた。


「正尚くん。」

「ああ。」


 俺とささらは懐中電灯が緩く照らす暗闇の中顔を見合わせると、頷きあった。

 ささらの清楚な顔にも危機感が溢れていた。巫女経験を積んだ彼女と姉ちゃんにひたすら死霊術を教え込まれている俺の危険察知はほぼ同じと言って良いだろう。

 だから、ささらが言わんとする事が俺には分かる。


「「逃げよう」」

「「「え?」」」


 俺とささらは困惑している3人を強引に引っ張りながらそのトンネルを脱出するのだった。



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