〈装飾〉・六
どん、ころ、と音が鳴る。
太鼓に張られた膜は厚く、手首の反動で
手持ち無沙汰に剣舞のための剣に触れていた人影が、準備されている衣装の元へと近づいていく。
漆黒の衣装を手に取ると、ゆるやかに、口角を上げた。
飾り切り、そして国鳥を型どった
騒々しさのない、均衡のとれた彩色の配置。形、大きさまでもが完璧に皿の上で模様をつくっている。
誰からともなく、美しく彩りを与える、料理とはいえない美しさに息を呑む。
「……」
丹唇を割り、吸い込まれていく料理を、固唾を飲んで見守る。
毒味係が下がると、箸が指先に持たれ、そして冰遥の装飾へと伸ばされた。
口にしたヤン夫人は優しく微笑んで冰遥に目配せし、
雫のように、落ちた静寂。
そして、肌に感じられる異常なほどの緊張感。
薄く灰色がかった瞳で、冰遥をきっと見据える。
「……
仄かに笑みを浮かべているようにも見える表情から、一切の感情は読み取れない。
官吏に呼ばれ前へと一歩出ると、審査員の視線が一心に注がれた。
骨まで圧迫されるほどの圧倒的な覇気に、震える膝の裏を鼓舞し、凛と顔を上げる。
「……はい」
「なぜ、装飾の試験にこういった料理を?」
燃え滾る瞳の奥に見えるのは、微かな――紫。
金となり黄に
毒、だ。
応答せず
「わたくしを挑発しているのか?」
「……いえ、決してそのようなことではありません」
「ならば、どのようなことだ。宮中で装飾を管轄しているのはこのわたくし……なのに、料理だと? これが侮辱ではないならなんだと言うのだ!」
癇癪を起こし腰を上げた結槫を、隣にいた官吏がなだめる。
――確かに、そうとられても仕方がない。
装飾とは一般に飾りつけるもの、つまり掛け軸や屏風、あるいは女人が身に付ける簪や耳飾りなどを指す。
その全ての管理をして、儀式などでも飾りを総括している立場である結槫が怒りを覚えるのも無理はない。
冰遥にとって、これはある種の賭けだった。
自分が他の者とは違うと――異色を放つには、もってこいだったのだ。
冰遥は恐ろしく整った顔に、静かな笑みを浮かべる。
結槫が、鼻で笑った。
「弁明の一つでもしてみてはどうだ、このままでは落第だ。……さあ」
「尚寝さま。……失礼を承知で一つ、よろしいでしょうか」
ぴくり、と眉が上がる。
一瞬の隙を見た冰遥は爽やかで麗しい微笑みを見せ、唇を割った。
「装飾、の定義をご存じだと思いますが……装飾と一口に言っても、それは飾り付けだけでは御座いません。美しく装うことを装飾といえば、人の営みに欠くことのできない食事を美しく盛り立てることも装飾といえる――」
そのように、と健康的に桃色に色づいた指先で料理を示す。
「違いますでしょうか?」
再び、静寂が落ちる。
結槫は無表情を貫いていたが、ひとつ、嘆息すると、
「……冰遥、と言ったか」
「はい、尚寝さま」
「……装飾に深く向き合った姿勢が気に入った。手を怪我しながらも、最後まで諦めず代替案でここまで仕上げてきたのは評価に値する」
よって、と繋がれた言葉。
「……
結槫がほと、と吐息を舌で押し出す。
唖然とする冰遥に渡された木札の裏には、合格の「乙」が刻まれている。
現実を受け止めきることのできない冰遥に与えられた、二つ目の合格だった。
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