〈装飾〉・五
一様に並べられた、
数々の〈装飾〉に彩られて、大広間が一気に華やいだように見える。
その中で、未だ課題を提出していないように見える
――ほんとうに、嫌らしい人たちだわ。
冰遥を侮辱するような行為を重ね、何度だって這いつくばっては立ち上がる彼女を
こうなるだろうと予想はしていたが、案の定。
「やっぱり所詮、
「かわいそうに。裁縫で最上をもらったからって、もとの根の部分は変わらないのよ。やはり、
「あらまあ、わたくしたちとは分かり合えませんわ」
――どうってことないわ。ええ、わたくしは耐えられるわ。
心で唱えて、自我をしっかり保とうとまっすぐに前を見る。
心を惑わされているのを悟られてはいけないと、女人の口から吐き落とされる、静かな罵声に拳を固く握りしめながら。
——なんだって、言えばいいのよ。気が済むまで。
絶対に屈しない。
もう二度と。
すべての作品が出揃ったところで、試験開始の銅鑼が大地を響かせた。
次々と評価をもらっていく作品を、ぼんやりとした意識で眺めながら立ち尽くす冰遥。
——厳しいわね。
先ほどから何人もの女人が
画と花を審査している女官を横目で見る。
いかにも気の強そうな、吊り上がった目尻にそって引かれた化粧の筋。ぎゅっと引き結ばれた
冰遥の隣に立っている女人が、声をひそめて話している。
「まさか、審査をするのがあの、
「恐ろしいものよ……」
——女官なのに、名前がある? それも階級の名とは別に?
不審に思い、良心が痛むがそっと聞き耳をたてる。
「……噂では、最近の女官失踪事件の黒幕だって言われているわ」
「はなれの皇族を父に持つからと、昔からずいぶん甘やかされて育ったらしいじゃない」
「本当、わたくしたちの実力を判断してほしくありませんわ」
――女官失踪事件?
宮中には数多の女官が働いているため、その都度噂話が絶えない。
――いけない。心を乱してはいけないわ。
常に視線を向けられているものと心得て、我が身の振る舞いに気を遣いなさい。――母から言われ続けた、女人の心得。
動揺を隠し、常にだれかが自分を見ていると思っていなければ、丁寧な所作もできないから、と。
大丈夫。自分に言い聞かせる。
そうしておかなければ、自分の肩にのしかかる重みに骨まで砕かれてしまいそうと思ったからだ。
「ふぅん……
吊り上がった猫のような目がぎろりと女人の方へと向く。今しがた
「……いや、直すわ。
赤黒く紅が引かれた唇が、両端をあげる。
嫌味に歪められた弧月のような瞳孔は大きさを変えることなく、猫、あるいは毒蛇のそれのように細められていた。
――これが、後宮の現実。
尚食は物腰柔らかで冰遥を気遣い、時には力強い励ましの言葉をかけてくれたが、ここは女の魔窟だ。
――忘れていたわ。
良い人ばかりではない。
危機感を持って立ち振る舞わなければ、いつか噛みつかれる。
素人目でも出来のよい装飾だと思ったものが、次々と落第になるばかりだ。
「この審査の結果は、独断なのか?」と思うほどの容赦ない
息を潜めて、乱れる脈拍を押し止めようと深呼吸をする。
大丈夫。
冰遥は、心で繰り返す。
簪が、髪で揺れる。愛が、ここにある。
あの青紫色の双眸が殺気を込めた先を阻止するまでは、ここにいなくてはいけないから。
綺麗に盛り付けられた料理が、運ばれてきた。
「最後の審査でございます」
言葉に、審査員が眉を上げ、訝しげに皿へと触れる。
女人たちから突き刺さる視線も意に介さず、冰遥は落としていた視線をすっと上げた。斜に切り込んだ傷が痛むが、気にも留めない。
――さあ、勝負よ。
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