〈装飾〉・四
「尚食、少しお時間よろしいですか」
「
震える脚がいくらかよくなったころ、すぐとばを通った花浅葱のひとに声をかけ、その場に引き留めた。
尚食は首をかしげ、ふらふらの冰遥に近寄る。
「ひとつ、頼みがございます」
視線で重要な話だと訴えると、尚食は人がいないかあたりを見わたした後、声を潜めてなんでしょう、と答えた。
「尚食さまの勾玉を、ひとつ、頂けないでしょうか」
「勾玉を……?」
そう言い、尚食は腰に吊るしてあった勾玉の腰飾りを触った。
「いいですが……理由は――」
尚食が理由をきこうとした――その時、準備終了まで
もう、時間がない。話している時間でさえ惜しいのだ。
すぐに尚食は手早く腰飾りを外し、冰遥の手に握らせる。
冰遥が驚いて彼女を見ると、その目の奥に、強い意志——銅が見えた。
力となり銅に
「早くお行きください。……最後まで、あなたさまを信じています」
邪術は万能だ。――とはいえ、気軽に使うようなものではない。
程度をすぎれば火となり炎となり、それは多様に転じていずれ厄となり死となり《黒》となる。彩の加減が違えばまったく違うものに転ずる。
術をあつかうのは彩で、火だ。――火を侮るな。そう、師から酸っぱく言われてきた。
かまどの前に立ち、ごおごおと燃え盛る火に膝を折ってしゃがみこむ。
術は、火。わたくしを構成するすべての彩の根源は、火。
――炎はすべての源。転じて、《白》へと還す。
戦場で、どんな高度な医療も効かず、あきらめかけたときに頭に響いてきた言葉。
わたくしは、火に成り火に生かされている。
ぶわっ、とひと際大きな光を放った火から風を受け、
懐から、簪を出す。
冰遥は指先で簪をくるりと回すと、ふぅっと息を吹きかけた。
紫色の目は炎に誘発されるようにいっとう光り、髪は神秘に満ちた
――炎はすべての源。転じて、《白》へと還す。
冰遥は胸中にしてつぶやき、薄く
続いて、割られた皿の破片を投げ入れる。すべて。ひとつの欠片も残さずに。
勾玉、それも白いものは大抵
滑石は
麻倔涅叟謨は、炎を《白》に転ずることのできる特別な物質だ。
ぶわりと燃え滾った炎の奥で、じゃりじゃりと砂を噛むような音がしている。ぢりぢり。音が鳴る。
——ああ、おねがい。成功して。
尚食からもらった勾玉を
目に突き刺さる、圧倒的な白い光。
白に生は《再生》。黒に死は《破壊》。もし、白にして生が《再生》ならば、白に転ずることができれば、皿は元に戻るはず。
まったくの仮説だ。成功する保証はない。けれどもこれに賭けるしかない。——これ以外に、もう、方法がないのだ。
「……おねがい」
祈るように強く目をつぶって、かまどの火へと簪を放り投げた。
しばらくたって、白い光がやむと元通りになった皿がきらきらと光っていた。《再生》だけではない、《生》の白が働いて命の象徴である光が皿に付着したようだ。
冰遥はひとつ、息をこぼす。
これが失敗したらあとはないと泣きそうになっていたところだった。
でも、今は泣けない。泣くのはこの試験が失敗して落第になったときだ。
冰遥は何度か胸を叩き、気合を入れる。——大丈夫、大丈夫。
小ぶりで透き通るようなガラスの器にくらげの冷菜。
鮮やかな
月餅は皿ではなく、蓮が可憐に描かれた箱に入れる。上の模様を蓮にしたので、皿よりも箱のほうが映えるだろうという魂胆だ。
すべての皿を並べ終えたところで、尚食に教えてもらった飾り切りの代用品を、桶から箸でつまみあげる。
それは、食用として栽培された花——
華やかな上に、殺菌効果もある、栄養も豊富だ。
いくつかに花をもりつけたところで、準備時間終了を知らせる銅鑼の音が聞こえた。
もう、はじまる。
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