装飾〈準備編・前〉
一週がすぎるのははやい。
冰遥は
舞や楽器は当日の演習だが、〈装飾〉は料理のため前日から仕込んでおかなければならない。
なぜなら当日は儀に忙しく、庖厨に来て盛りつけをするくらいの時間しか計算上ないからだ。
たすきをかけ庖厨にいた女官たちと挨拶をかわして、与えられた持ち場につく。
磨き上げられた包丁や鍋や鉄器はすべて、
料理に取り掛かる前に、倉の方へと赴き、そこで保管されている食器を確認する。
懐疑的になるのは嫌だったが、嫌がらせを受けていた以上、なにか手が及んでいないか確認するのは大切だ。
「……よし、全部無事ね」
割られていたりでもしたら、確実に明日の儀は平常心ではいられなかったな、と冰遥は嘆息しながら思う。
倉から出ると、
「あ、尚食さま!」
「冰遥さま。いらっしゃっていたのですね。丁度いま、探しにいこうと思っていたところでございました」
柔和に微笑みをうかべる尚食に、冰遥がにっこりと笑いかえす。
「どうにも緊張して、はやめに来てしまいました」
「あら、それはよろしいことです。はじめが良ければ、終まですべて
口では話し、足は前に進んでいるなかで素早くたすきをかける。
持ち場の鍋の前につくと、尚食はにっこりと笑みをうかべて冰遥の肩を叩いた。
「わたくしは手伝うことは致しません。やり方が分からなかったときに呼んでください。時間はぜんぶで
「はい。心遣い感謝します」
普段と変わらない穏やかな物言いに安心しながら、冰遥は腕まくりをして料理にとりかかった。
まずは、
都で大量に仕入れた、生の鶏がらをあく抜きし、鍋に入れる。次に、丸鶏の内臓を取り出し、肉を分解する。
すべてを鍋に入れ、水を入れて火にかける。
その間に、
醤油に漬けこんだ豚の
火に、薪を放り込む。ごおごおと燃える強火のなかで、鉄の重い鍋を持ち上げ、炒める。
料理は簡単ではない。ときに力仕事もある。
香ばしい香りがしたら、水を入れ、半量になるまで煮込む。
あとで水晶の鉱山でとれた水晶糖と、地酒、満月塩、降ってきた星の鱗粉でつくった
次はくらげの冷菜だ。
塩抜きした塩くらげを数秒火に通し、油と醤油、砂糖をあわせた液で絡める。
その上に茹でた肉を盛り、たっぷりの胡麻と醤油、太陽酢、
できあがったものは、保管するために保存容器に移し、蓋をしめて密閉する。
「よし、月餅と飾り切りだ」
鶏白湯や火加減を少しずつ調節しながら、その隣で月餅の餡をつくる。小豆の餡ではなく、今回は蓮の身の餡でつくることにした。
くるみや
ふるいにかけた小麦粉に、砂糖と檸檬汁などを煮詰めた
そうしたら、餡を皮でつつみ、うえから型を押して月餅の形を整える。
あとは焼くだけだ。炭火で熱せられたかまどの中に天板ごと入れ、蓋をしめる。ここからが、時間と自分との勝負。
酢橘や
皮をむく。薄く切って重ねる。巻きつける。切りこんだり、そぎ落としたり。
大胆ながら繊細に飾り切りに仕上げていく——が。
「あ、
鍋に駆け寄ると、頭のなかにあった工程を示す書がまっさらになった。
気候や気温、湿度で微量に異なる、調味料の匙加減が求められる料理。行う順番や時間の配分を間違えれば、すべてがやり直しになる。
材料は用意してもらえている分だけ。
「っ――!」
やるしかない。そんな気合が、冰遥の身体を動かす。
白湯のあくは熱を通してすでに固まっており、ざるで取り出すのに案外苦労した。その間、
あくをある程度取り出せたら蓋をして、今度は
とろみをつけるために水溶き片栗粉を用意して——。
「ああ!」
あわててかまどに駆け寄り、天板を取りだす。月餅に気をつかうのを忘れていた。
表面はいびつに凹凸し、色がつきすぎている部分もある。
「しょうがない。誤魔化そう」
すべてを完璧に終えることができないのは分かっている。だから、出来る限りへまをしないようにしなくては。
凹凸を慎重に指でつぶし、平らにならす。卵液を塗り、かまどに戻す。
艶をだすために何度も焼いている途中に取り出して卵液を塗り重ねなくてはいけない。
飾り切りもしなくてはいけないから、時間配分がこの勝負のみそだ。
冰遥は人参を飾り切りにしながら、額に流れた汗をぬぐった。
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