簪を贈られる意味
「あぁ、そういえば。姉さんに渡したいものがあったんだ」
頬を流れる涙を拭い、笑いあったあとに
一体何だろうか、と首をかしげる
「これ……」
桃色の袋を握りしめた冰遥が、躘を見上げる。開けてもいいか尋ねると、もちろん、と微笑みをかえされる。
絞り口を開き、中身をとりだすと、それは
銀細工の簪しか持っていない冰遥が手にしたことがなかった、高価な金細工の簪。
金の輝きに、脳裏に
熱情となり金に
銀は知性だ。冰遥がつねに髪に挿している銀。金緑石の
金は——熱情だ。
希望に等しく、理想に等しく、愛に等しい。
「姉さんが、簪をひとつしか使わないことは分かっている……けれど」
躘は金に見惚れている冰遥の手からするりと簪を引き抜くと、頭上で結い上げられた髪にやさしく挿した。
「俺の気持ちを、知っていてほしい」
贈る代物が高価であればあるほど、その想いの誠実さを伝えることができる——と。
「……綺麗だ、姉さん」
まっすぐに目を見て伝えられ、頬が熱くなる。
「俺にできることなんて、これくらいしかないけれど……」
「ありがとう、躘」
女性から男性に好意を伝えるときは、髪に挿した簪を男性に贈るのが古より伝わる手法だ。
——少し、待っていて、躘。
あなたのとなりにいることが許された日に、渡すから。
向かい合って手を取り合い、握りしめる。
「頑張って、姉さん」
「ええ。……ありがとう」
あの後、数度書房をおとずれ、数冊、興味をひかれた書を持ってきた。
けれども、儀の準備は大詰めとなり、昼夜兼行で準備に勤しんでいるため、夜に書を開いても数頁めくっては船を漕いでしまう。
「あぁ、今夜もだめね……」
高級な
近頃、色々なことがありすぎて、頭のなかは常に考え事と理性との衝突だった。
試験の名をもたない試験である儀——《
実技の試験となる今回は、
そして——よっつのうち、みっつ以上が合格で次の試験に進むことができる。
正直に言えば、難題だ。己の魅力をしめす力、才能、努力。すべての観点で高評価を受けなければならない。
冰遥に泥水をかけて
他の女人も同様だ。
危機感の無さそうに茶会を開いていたのに、今ごろ焦って髪を直さないまま華道やら茶道やらに一心不乱だ。
残り一週となった今になり皆一様に態度を変えた原因はなんだろうか。
さすがの貴族でも焦ったのだろうか。
「……まあ。わたくしに嫌がらせをしようと企む余裕があったことが、一番の驚きなのだけれど」
冰遥は苦笑し、寝返りを打つ。
彼女はすべての試験を師に指示をあおぎ、指導をうけていた。
指摘ばかりだった舞も、嫌味たらしい貴族の女たちに馬鹿にされた楽器も、手を切ってばかりだった装飾も、文琵に嘲笑された裁縫も——なんとか、合格できそうな出来になった。
——まあ、楽器については一度も合わせて練習などしていないが、どうにかなると思っている——。
それでも、彼女の不安はぬぐえない。
評価するのは皇族や大臣などの上流の所作を身につけた貴族たちだ。
所詮は平民、それも他国の出身である冰遥がはたして、評価されるのだろうか、というのが彼女のもっともな不安だ。
のこり一週。
「わたくしに、できることをやるのみ。最善を尽くす。結果がどうなろうとも」
月光の差しこむ寝台で、冰遥は目をつぶる。
——これが、後宮選抜最後の試験。いままでは演奏やら尋問やらしかなかったけれど、これは演習。本番なのだ。
「しっかり。……わたくしは
まぶたを閉じると、懐かしい父と母の顔がうかんできた。
月光の満ちる夜に、
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