幕間
ひとびとの一人歩き
天龍の独白
いつの間にこうなっていたのか。
再び、躘は思考を巡らせる。
いつからだろうか。おのれも知らぬ間に、欲張りになっていたみたいだ。
姉さん。名は、たしか
彼女は純朴だ。
実直で、繕ったり媚びたりせず、ただありのままで数多のひとを惹きつけてしまう。
いつか途切れてしまう
けれども、肌から滑る水滴には毒を感じる。
ああやはり、と躘は息の音を吐いた。
やはり、姉さんは
これを見る者はおのずからにして悪業から離れるという。
人を酔わす致命的な毒をもち、ともに人の悪業を浄化する天上より舞い降りた、奇しき花。
躘は
「姉さん」
その毛にたゆたう光の色彩は、その身に纏う滑らかな
皇太子が来たことを知らせる鈴の音が響き、一斉に女官が礼をする。
「皇太子さま、なぜここに……」
「愛しているひとの元へくるのに、理由が必要ですか?」
尚食が、はっとして低く礼をする。
「ごっ、ご無礼をお許しくださいませ……」
「いえいえ。……それで、姉さ——あ、冰遥と散策に出かけたいのですが……どこに?」
「冰遥さまですね。少々お待ちくださいませ」
いけないいけない、と躘はかすかに
仮初とはいえ、彼の側室が入る後宮の体制は完成まであと少しという過程まできている。
どこに目があり耳があるか分からない宮中だ。
あまり互いに波風のたつようなことはしないでおこうと——姉さんと話をしていた。
姉さん、などと呼んでしまえば親しい間柄なのが分かってしまうだろう。
それにしても、と躘はひらりと繻子を風にたなびかせて駆け寄ってくる愛しいひとを見ながら思った。
――やはり、曼殊沙華なのだ。
姿だけで魅了してしまう、圧倒的な天の華。
その髪に挿された簪を見て、ふと思った。
もし、姉さんがここに残ろうとも残らずとも——そのときには、簪のひとつ、贈ることにしよう。
彼女によく似た、紅い鳥と華を模した簪。
それを贈れば、他の誰かと話す彼女を見る度、胸にたゆたう妙なざわめきは消えてくれないだろうかと思いながら。
――ああ、知っているさ。
できれば、あの身に触れる指先が、なくなればいいと願う。
あの目のうつる先が、俺だけになればいい。
ここまで堕ちておいでよ、姉さん。
誰にも
いつだか、姉さんが言った言葉にあてがえば、これは呪いだろうか。
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