忠誠のあかし
「いたっ――!」
そう弾かれたように指を引っこめ、
指の腹に、ぷっくりと小さな
「……本当に、一体何度目ですか」
「ごめんね、文琵……」
謝らないでください、冰遥さまのせいではないでしょう、そう言いながら文琵は冰遥の指に包帯をまきつける。
裁縫と装飾については、修練を積むさいに、師の代わりに文琵から教えてもらおうと心のうちで決めていた。
文琵は――冰遥とはまったくといって違い、手先が器用なのか、なんでも軽々とこなしてしまう。
呆れた顔をする文琵がさきほどまで縫っていたのは、
妃妾の服など、
その上、
一体どういうことだろうか。
尚服など、願っても糸の管理やら布の選びに忙しく会えないのだ。
だがその彼女が、わざわざ鍋をかきまぜている文琵を探しに、
「ねえ文琵、これってどう縫えば綺麗にできるの?」
糸の縫い目に指をはわせながら、布をピンと張って文琵に見せる。
「あー……ただ適当につらって」
「説明まで適当じゃない?」
あれ見ぬかれました? といたずらに笑う文琵。
これはこうして、ここを通して……文琵の言った言葉を繰りかえしながら指を動かすと、ようやく刺繍の形が見えてきた。
「……本当にわたくしがやらなくてもいいのですね」
「何度も言っているでしょう。ずるは嫌いなの」
ほかの女人たちは、女官のなかで一番裁縫が得意なものに布を織らせ、刺繍をさせ、服をつくらせ――と、おのれの実力ではなくずるをしているらしかった。
裁縫は審査員のまえで行う実技試験ではなく、期日までに服を一着縫ってこいという、審査側のやる気をうたがうような内容だった。
それは、官吏側が貴族からわいろを受け取ったり、裁縫ごときで貴族の面子をつぶされては困るといった貴族のわがままへの工作なのだろうが。
それを分かっていながらも、屈することなく生真面目にとりくんでしまうのが冰遥という女人である。
彼女の裁縫の腕前に、これはいけないと危機感をいだいた文琵が、わたくしが縫ったものをもっていってください、と提案したが、彼女はそれをはねのけた。
「本当に、実力だけでこの試験を通そうとするのならば、なんてったってこの王宮ですもの、そんな提案はしないはずよ」
「……と、言いますと?」
話のつづきを催促するように合いの手を入れると、冰遥は手元から視線をはずさずにつづける。
針の先端が指にふれ、肝を冷やしながら縫っていく。
「本来ならば実技であっても試験官のまえで行うはず、実力には偽装工作など通用しないからよ。けれど、試験内容はちがうわ」
手元を見る目が鋭く光る。
「わたくしの勝手な憶測だけれど……これは、人間性を試験していると思うの」
「人間性、とおっしゃいますと?」
家柄や実力が
これから、この帝国は発展の限界値をこえていかなければならない。
では大帝国の皇帝となって考えてみよう。
嫌味ばかり言って自分の立場が危うくなるとごまかす貴族出身の女が皇后になるのと、少し家柄は劣れど、実力も性格も申し分ない女が皇后になるのと。
どちらが心をゆるせるだろうか。
誰に問わずとも分かっている。後者である。
「その……人間性を問うていると、いうことですか」
「おのれの実力をごまかして、誇りのかけらもなくずるをする人に、安心して国の母を任せられるかしら?」
わたくしだったら無理だわ、と冰遥はつづけ、手元をから視線をはずした。
「ねえ、これどう? 上手くいったと思うのだけれど」
放心していた文琵があわてて冰遥の手元をのぞきこむと、そこには美しい鯉がおよいでいる。
「上手くはいったと思いますけれど……女人の服に、鯉の刺繍はいかがなものかと」
そう指摘すると、ああやってしまった……といいながら、冰遥が糸をほどこうとする。
あわてて文琵がその手をとめた。
「どうしたの?」
不思議そうに首をかしげながらこちらに視線をよこす冰遥。
文琵は言いにくそうにしながら、ぎゅうと布の端をにぎりしめる。美しい青色の鯉がぐにゃりと歪む。
「……これは、わたくしがもらってもよろしいでしょうか」
「え、いいけれど……どうして?」
文琵は戸惑うように目をきょろきょろとさせると、口をかすかに開け、こたえる。
「『忠誠のあかし』が必要だと急かされていまして」
言いにくそうにしていた理由はこれだったのか。冰遥はそう思いながらにっこりと笑う。
「ええ、そんなことなら何枚でも縫ってあげるわよ!」
「一枚で結構です……」
「いやん、冷たい!」
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