試験厳しくない……?
広場に集まると、再び火花が散っていた。
わたくしこそが皇太子妃に! と試験の
まるで
ここにいる人たちは、すべて
そう思うだけで、下腹がきりきりと痛んだ。
「これから行うのは、試験ではない」
珍しくきびきびと話すヤン夫人を見上げ、冰遥は首をかしげる。
試験ではないのなら、何をするのだろうか。
「今年の
冰遥は隣で座っている文琵を見る。文琵もこちらを見ていた。
言わんとすることが、分かったような気がする。――が、それは冰遥にとっては地獄の幕開けのようなものだった。
それを理解していたのか、
「そのため、これから執り行われる女人だけの儀、《
やはりか――と、弱々しくため息とまじった声が、無意識に口からでてきた。
冰遥はあわてて口元を隠す。不安そうな自分の声に、はじめてぎょっとした。
「試験内容は
よっつのうちみっつ……。文琵がその試験の厳しさを
先ほどまで散っていた火花の
ここに腰をおろす者たちの心の内は皆同じであろう。
――そこまで厳しい試験がいまだかつてあっただろうか。
前におこなった楽器の試験で、冰遥の評価は
まだ合格であるが、冰遥にはヤン夫人という後ろ盾がいて、手回しをしてくれてこそその程度なのである。
彼女のつてが通じない試験――儀は本来、皇室以外のものが裏にまわり手出ししてはいけないものである――では、おのれの評価はいかなるものか。
もともとつてを頼りにしていたのもな――とつぶやいたところで、冰遥は首を横にふる。
否、つてを承諾したのも、彼女があの大きい黒目をむけて「沙華さまには、必ず皇后についてもらえませぬと!」と懇願してきたからである。
まあそれがなければ、今ごろ落第していただろうが。
恐ろしさに身震いする冰遥を横目に、ヤン夫人の隣に立っていた官吏が声を張る。
「
その後は言葉にしなくとも安易に想像がついた。
並んで座っていた女人たちの顔が、いっせいに青くなる。
高貴なお方――とは、きっとこの者たちの父親や家門のことを言っているのだろう、と冰遥は推理する。
手塩にかけて育てた上流貴族のむすめが、後宮への試験で落第ともなれば一家の恥である。
わなわなと官吏がそれを口にした怒りか、恐れで震える女人を
心してかかるよう、と滑らかに発音したヤン夫人の目線は、こころなしかこちらに向いているような気がした。
その晩、ヤン夫人が冰遥をたずねてきた。
「朱氏から威圧されまして、わたくしの手出しができぬ試験になってしまいました。こうなっては実力だけが頼りです。わたくしのできることといえば、師を手配することしかなかったので、師を手配いたしました」
それと、と付け足すようにヤン夫人が女官にださせたのは、最上ともいえよう楽器や裁縫のための糸や針だった。
それとこれも、とこれまた付け足すように、金糸や銀糸であざやかに装飾がされた服が何枚も何枚もでてくる。
宝石箱か、と思ったところで本当に
だがそれ以上に冰遥がぎょっとしたのはヤン夫人だった。
「どうか、どうか……
そう言い、ヤン夫人は涙で濡れた目尻を隠すようにうつむきながら、白い手で冰遥の手をとった。
かすかにその手はふるえていた。
その翌日から、舞と楽器の鬼のような稽古が――大切なことなのでもう一度言っておこう、鬼のような稽古が始まった。
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