目覚めのよい朝
彼女は母と同じように、後宮におもむき
お
彼女は
皇太子を苦しめようと、少し前に
この王宮に来てから、彼女の
だが、なぜ皇太子にかけた呪法がきかないのだろうか。
そのあとに首を絞めて、もがき苦しんだあとに、少しずつ体を蝕んでいく毒をふくんだ――上等な札だったのだが。
花耀は熟考するが、あまり思考するのは好きではない。
呪法がきかないのなら、さらに強い術をつかえばよいだけの話。
彼女は無理やりに目を閉じ、睡魔を待つ。
ゆらりと現れた睡魔に意識をまかせ、泥のように眠りについた。
*
果たして、これ以上に目覚めのよい日はあっただろうかと思う朝だった。
ヤン夫人をなだめ、
泊まるよう言われたときは、
流石は正一品、四妃のうち最高位の夫人につくヤン夫人である。
それに寝転んだ瞬間、まるでとろけるように――すぐに眠りについた。
そんなことなど、いままで一度もなかったのだが。
あわてて
その中心にはヤン夫人が座っており、横には誰のものなのか、もう一人分の食事が用意されている。
「冰遥さん、お目覚めになったのね」
冰遥に気づいたヤン夫人が、こちらにいらっしゃって、と手をあげる。
あわててつまずかないようにしながら、ヤン夫人のもとへと行くと、彼女はもう一人分の食事の前を示す。
「ともにいただこうと思い、
鮮やかな椿のような唇が、形よくととのった形のまま三日月のようなうすい微笑をうかべる。
尚食といえば、後宮の食事を用意する
宮中でも箱庭のように仕切られ、まさに陸の孤島ともいえる後宮だが、そこに隣接するようにして、後宮の六局が配置されている。
そのなかでも尚食など、後宮の女人たちの食事管理で忙しく、めったに姿を見ないというのに。
忙しい尚食にわざわざ用意させるとは、さすがは正一品の夫人である。
膳の前に座った冰遥を認めると、ヤン夫人は遠慮して硬直している冰遥に向く。
「これから、宮中では様々な儀式が催されます。季節ごとに決められた儀がおこなわれ、後宮での
ヤン夫人の言葉通り、宮中では様々な儀式がとりおこなわれる。
後宮に入る者は家柄を重視されるが、不正が明らかになってからは、ある程度の家柄があれば、個人の能力が重視されるようになる。
後宮入りを果たしたヤン夫人も、
要は、これからの時代、後宮で評価されるのはいかに良い女であるか、だけなのである。
そのため、今までは家柄と
「これから、忙しくなる時期。儀が始まれば、わたくしが介入する暇もなくあわただしい日々がやってくる。冰遥さんとともに、このように食事をとれる時間もなくなるでしょう」
経験者が語るのだ、ヤン夫人の言う通り、あわただしい日々を送ることになるのだろう。
翡翠宮でも絶えない儀の話題だが、儀について疎い冰遥は、今まで無視を決めこんでいた。
だがこれは、せわしなく動きまわる時がくるのかもしれない、と冰遥は思う。
「ですから、こればかりのわがままを許してもらえるかしら、冰遥さん?」
「わたくしなど、ともに食べていいものか分かりませんが、それでもよろしいと言うのならば……一緒にいただきます」
そう言うと、ヤン夫人の顔が花が開いたかのようにぱあっと明るくなる。
「いいの? 本当にいいのね!」
「なぜそこまで喜んでるのですか……」
「だって、だって! 冰遥さんのことだから断られると思っていて……」
そうつぶやいたヤン夫人が、黒々とした大きな目を星の瞬くようにキラキラさせる。
「そんな! 泊めていただいたのに、断ることはできませんよ」
冰遥が言うと、ヤン夫人が本当にうれしそうににっこりと笑う。
「義理に堅いのね」
そうささやくように言ったヤン夫人が、さぁいただきましょう、と言う。
目の前に用意された
はやく躘のもとへと行かなくては――と、思いながら。
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