衝撃


 そこから、父とリョウとは互いに話をしながら親子関係の修復をしていった。


 つねに平和であったわけではなかった。


 だが、ひと悶着、いな百悶着ひゃくもんちゃくありながら、彼らは彼らだけの幸せと平和を確立していった。


 それと並行して、感情の制御も成長し、躘は生まれもった性格のとおりに穏やかにすごしていた。


 そして、躘が十三の年となるころ、その祝いにと父は、躘になにかほしいものはあるかと尋ねた。


「父上。ひとつだけ願いがあるのですが……」


 躘は、不安そうにこぶしを握りしめる。


「珍しいな。なんだ、言ってみろ」


 琥珀こはくに透ける、瑪瑙めのうのような目を、父に向ける。


炎尾ヤンウェイ国の戦いで、唯一、女の戦士がおりましたよね?」

「あぁ……いたな。それがどうした?」

「あの……その……」


 照れたように顔を伏せる躘に、父がはっとした。


 赤く染まった頬は、照れた顔は、それは、完全に――恋をしているものの顔で。


「もしや……躘……」


 瞠目どうもくし言葉を失う父に、頬をほのかに染めたまま、恥ずかしそうにまつげを伏せる躘。


「ひ、一目惚れ、を……」

「なんと!」


 ながらく地獄を這っていたせいで、恋をしたことがなかった躘が、まさか恋に落ちるとは。


 我が子の成長がなによりもうれしかった父は、すぐに女戦士――沙華シャゲを解放し、躘のやりたいように手配した。


 親ばか、とも言える。


 だが、我儘わがままが足りない躘のために、やれることはやりたい気持ちは理解できる。


 その甲斐あってか、二人はまたたく間に恋におち、誰もがうっとりとするようなあわくてやさしい恋を育てていた。


 だが、ここでも悲劇はとまらなかった。


 沙華が都を去ってから、躘は生きる術を見失ったかのように、ぼんやりと日々を過ごしていた。


 そんな躘にかつを入れたのは、竹馬の友で、母方の従兄いとこであるゼンだった。


「うじうじしてんな! お前がそんなんじゃ、いつしかその女も、他のヤツに取られんぞ!」


 灰をかぶったように虚ろな目で蝶を追う躘に、大刀だいとうを肩にかつぎ、仙は言う。


「仙……」


 躘が言うと、仙はふんっ、と鼻をならした。


「俺が教えてやる。お前はがむしゃらにやって、その女迎えにいけ。絶対、だぞ」


 仙は、幼いころからの鍛錬のおかげで、戦術に長けていて、たくましい体をもつ男だった。


 年はちょうど沙華と同じ十五でありながら、十五とは思えぬ体躯たいくで、軽々と大地をかける姿は、彼の憧れだった。


 そして、希望を見失っていた躘は、努力と才覚さいかくがものをいう、戦術という世界に足を踏みいれたのである――。



「おい躘、そろそろ休憩だ」

「……分かった」


 躘の手から投げだされた刀が、地面で金属音をたてる。


 躘は、手に巻いた――刀の滑り止めとなる布をかえていて、投げだした刀など気にしていない。


 その様子を見て、仙が苦笑いをうかべながら、躘の刀を拾う。


「本当、昔から刀を投げる癖は変わんないな」


 そう笑いながら、おのれの刀を螺鈿らでんの刀掛けにたてかける。


「あぁ……なんか、力が入らなくなってしまって」

貧弱ひんじゃくめ」

「……辛辣しんらつめ」


 そう言いあうと、互いに顔を見あわせて笑った。


 仙は、もう片方の手の布を交換しはじめた躘に言う。


「……で、調子はどうだ?」


 躘は、背をむけていた仙に振りかえった。


「それは……体調のことか、武術のことか……それともまつりごとのこと、どれ?」


 布の端をあわせ、巻きなおしながら、仙に言う。


 仙は、ため息に似た息をはいた。


「……全部だ」


 躘は、瑪瑙のような目を細め、仙に向く。


「体調はまだ完全にはもどっていない、武術は見ての通り、政は……大丈夫そうにはなった。それと……」


 躘はそこまで言うと、はにかみながら下を向いた。


「なんだよ、それ?」


 聞きかえし、怪訝そうに眉に力が入る。


「いや……少しね」


 ふふ、と愛らしい微笑みを見せる躘に、秘密をつくられているようでさらに眉に力が入る仙。


 躘が仙の手から刀をもらい、腰につけていたさやにしまった。


「なんだよ」仙が躘のとなりに立つ。「なんか良いことでもあったのか?」


「仙。あの、昔からしたっていた人の話、覚えてるか?」

「あぁ……もちろんさ。あの女人だろ?」


 それがどうした、と言う仙。


 躘は一瞬目をふせて、そして嬉しそうに笑って仙を見た。


「そう。……で、その人と再会したんだ」

「……は?」


 仙は、口をまぬけに開けたまま、思考が停止した。


「よ、よかった……な?」


 ようやく理解が追いついた仙の言葉に、ふっと吹きだす躘。


「なんで疑問文なんだよ」


 そう尋ね、髪を結わえる紐をきつくしばる。


「……お前が望んでいたことがおこるなんて、夢みたいだと思って」

「うん……ありがとう」


 微笑んだ躘は、仙が知っているやさしく穏やかな表情だった。


「……今、とてつもなく幸せなんだ」


 そう呟き、軽やかに歩きだす躘のことを、仙がじっと見つめていた。


 その表情は穏やかで、親愛に満ちた瞳だった。


 だが、すぐに二人のもとに衝撃の知らせが届いた。



 ――現皇帝が、なにものかに暗殺されかけたという知らせが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る