異色譚
北の辺境のすぐそばに、その
その最大の特徴は、他に類をみない多彩な瞳の色と髪である。
赤、青、緑、黄、黒、白、橙――彼らは一人一人、色が異なる瞳を持っているのだ。
その上、髪の色も特殊であり、同じ親から生まれた兄弟でも、髪と瞳の色に統一性がない。
こげ茶のちぢれた髪をして瞳孔までもが白い兄がいれば、髪の毛一本一本に金を縫いつけたような髪をして血のような赤い目をしている弟――がいるように。
だが、彼らには特筆すべき特徴がさらにある。
彼らは移牧民でありながら、羊や
普段は移牧民らしく豚や鶏、牛を飼い、ときに器楽を
彼らの飼う家畜たちが、夏にしっかりと育ち冬になると、彼らの定住家屋がある地域へと集団で移動する。
彼らの持つ特殊な性質なのかは分からないが、冬の間に住んでいる地域では、冬でもよく作物が育つ。
そのおかげか、食糧難になることもなく、近辺に住む者たちからは神に似た存在として
事実上は、北方を支配する王の称号を持たぬ北の王である。
だが、彼らを恐れる者も一定数存在する。
その理由は、彼らの持つ異様な性質にある。
彼らは主に牛、豚、驢馬などを移牧しているが、冬には彼らは移牧する必要がないので、定住をする。
いつもは野生動物と戯れたり雪で遊んだりとのんびりと暮らしている。
だが、そこは
彼らは
奇襲されると、疲れを知らぬ
その敵が逃げようと降参しようと、打ち滅ぼすまではずっと剣を振るい、弓を放ち続けるのだ。
その様は恐怖を越えてどこか作り物を見ているような気分にさせるほどのもので、人々はそれを神と崇める。
この民族は
北方では、彼らに勝てる者はおらず、そこに住む者たちも彼らを信用している。
その太刀打ちできない武力を手にしようと、今まで明涼国の皇帝たちは軍を送り軍事制圧しようと試みたが、徹底的に打ちのめされて帰ってきている。
彼らの築いてきた物は深く、そして価値のあるものである。
彼ら異色族は、信仰も独特なかたちに変化を遂げている。
色やかたちの異なる石を並べ集め円陣や堀をつくりそれを幾つも作り――彼らはそうして、拠点をつくった。
様々な色をした石で作られた巨大な要塞はそれの象徴であり、野原に突如あらわれる色彩ゆたかなそれは、どこか異質であった。
彼らが作った拠点を上から見ると、何かの遺跡のように奇妙な
拠点の
さらに、前にそこに攻め入った将軍が残した記録には、その建物たちの異様さが記されていた。
まだら模様をした
要塞を通ったと思ったら、教会のような白い
そうして、統一性のない建物のようなものが並び、曼荼羅を描くその大きな町のなかに彼らは住んでいるのだ。
だが、それは本当に風変りで、それでどことなく恐怖を感じさせるものだったという――。
*
室中に、言い表せぬどんよりとした空気がただよう。
重苦しい雰囲気にたえられなくなった冰遥がぎゅうと手を握ると、その手を見て躘が口を開く。
「ごめんね、はじめから重苦しい話して」
「……ううん」
冰遥は、弱々しくかぶりを振った。
躘は申し訳なさそうに眉をさげ、目をふせている。
彼としては、冰遥ともっと楽しい話がしたかったのだろうが、冰遥はそんなこと気にしていない。
彼女にとっては、今ここにただよう思い空気よりも、躘の体調のほうが優先順位が高かった。
冰遥は看病の道具に手をのばしながら尋ねた。
「躘、体調わるい?」
唐突な質問に、彼はうろたえたが小さくうなづいた。
彼はもともと、強がりだ。冰遥と同じように。
けれども、そんな彼でさえ素直にうなづくというのだからどうしたものか。
今度は冰遥がすこしばかりうろたえながら躘を寝かせ、額に手をあて、脈をはかる。
熱はない。脈は――。
「……なんで、術式がぬけていないの?」
「姉さん……?」
脈がおかしかった。びりびりとしびれるような感覚が、躘の手首を通って指先まで届く。
それが何を意味するのか、分かった途端にこれ以上ない怒りと焦りと悲しみがこみあげてきた。
目の前が暗くなる感覚がして、これはだめだと冰遥は思った。
――
取り乱さないように目をつぶって黑々を呼ぶと、思ったよりも遠くにいたのか、少しの間があいてから返事が返ってくる。
――お願い、わたくしはどうしたらいいの。
泣きつくように声が震えていた。
黑々は、冰遥が非常事態であることを悟ったように短く息を吸うと、頼もしくそこまで行くから待っていろと言った。
どうしようもなく指先が震えていた。
その震えはまるで伝染病のように冰遥の腕、上体、そして全身へと広がっていく。
冰遥の様子に気づいた躘が、あわてて起き上がり冰遥の顔をのぞきこむ。
「どうしたの、何かあったの姉さん」
「……躘」
冰遥のか弱い女子のような声に、躘がはっと息をのんだのが分かった。
「わたくしの心配はしなくてもいい。けれど、これだけは約束してちょうだい」
冰遥は再会した日にやったように、躘の小指とおのれの小指とを絡めた。
「躘、なにがあってもわたしのそばを離れないで」
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