天龍の子


 リョウが天、そしてその主に好かれたのは――宿命なのだろう。


 だが、その天運は、彼をうちのめす残酷な運命をまねいた。



 先の皇帝は、あまたの側室がいたのにもかかわらず、子宝に恵まれず後継ぎがいなかった。


 そのため国の存続、ともに皇室の危機を感じ取った臣下たちにより、後継ぎとなる養子をむかえようという動きが活発化した。


 そして王宮全体にその輪が広がりはじめると、はじめは無視していた皇帝も見ないふりをすることが不可能になった。


 そして渋々養子をむかえいれた。


 それが、唯一の皇弟の息子であり、年のころもちょうどよかったリョウだった。


 世継ぎとして政を学び、そのときがくれば、国の頂点である玉座にすわると位置にいた。


 だがそれは、あってないような約束だった。


 先の皇帝は、たとえ死んでも彼へと皇位が渡らないよう記した紙に印璽いんじをおしていた。


 大地がひっくりかえろうとも、おのれが玉座ぎょくざに座ることはない運命線に彼はいた。


 それは覆ることなく、天に好かれた彼にも適用される――はずだった。


 だがその事実をリョウが知る前に、先の皇帝は天に歯向かうために失踪し、川に飛びこみ自決じけつした。


 まもなく亡骸なきがらが発見されたとき、君主を亡くし涙にくれる国中を見ても彼は――涙をながさなかった。


 さながら、感情をなくしてしまったかのようだった。



 なぜなのか、その理由は父にかくされ知る者はほぼいない。だが、理由は明確である。


 ――彼が、義父である先の皇帝から、不条理な態度をうけていたからである。


 彼は天に好かれていた。


 彼がいのれば、大地を潤わす雨がふり、夏の猛暑も身をひそめ、疫病えきびょうも瞬く間に姿を消した。


 彼が悲しめば大地は荒れ、彼が喜べば例年よりも早く花が咲いた。


 彼は天とともに生きていて、天もまた彼をいたく気に入っていた。



 天の主は、誰よりも清い彼に加護を与えたのだ。


 そんな天運の彼のことを妬み、恨み、憎んだのは、まさに血のつながった伯父であり先の皇帝であった。


 伯父に天からの加護はなかった。


 そのため、臣下にさげすまれた目で見られることもあった。


 だからか、我が甥にその気質があるとわかったら、彼のことをしいたげはじめたのだ。


 苛立つようなことがあれば、その原因が彼ではなくとも容赦なく杖でたたき、手をあげた。


 身勝手な行動で、自らの自我をぎりぎり保とうとしていたのだろう。


 なんと威厳のない皇帝だと思っていたが、被虐ひぎゃくの手は弱まることを知らず、彼は段々と弱まっていった。


 彼は、はじめしていた抵抗をしなくなった。抵抗する意欲を失ってしまったのだ。


 そしてともに感情をださなくなった。


 どんなに辛くとも、涙をみせたり弱音をはいたりしなくなった。逆もまたしかりだ。


 それにより、自分のことを虐げる相手が、段々と自分への興味をなくしていくことを学んだのだ。


 それは、その事情を知らないものから見れば、国を統治する立場になるであろう皇位継承者が、立派に成長したように思えたのだろう。


 実際は、そんなはずもないものを。


 彼が成長したと喜びにあふれる大臣や親族を見て、彼はみじめな思いでいっぱいだった。


 誰一人として、彼のことを真っ向から見ようとするものがいないことの表れだったからだ。


 彼は自尊心じそんしんを失い、おのれの意味について熟考じゅっこうしながら地獄の底をった。


 少しでもこうべをあげたり、体を地面から浮かせれば抑えつけるように叩かれるのが分かっていたから、彼は微動びどうだにしなかった。


 そうして、凍てついた目をした彼は、地獄の底でよどんだ空気を吸いながら生きていた。


 だが、彼の頭を踏みつける足は、ある日突如とつじょとしてなくなった。


 伯父が身勝手にも失踪し自決したからである。


 その遺体がみつけられると、印璽いんじがおされた紙が書斎から見つかった。


 だが、躘の父は『死んだものとの約束を守る阿保あほがどこにおる』と言ってその紙を燃やしてしまうと、皇弟へと皇帝の座がわたった。


 つまり、彼は、皇帝の血を引きながら、その座に座ることのない哀れな皇族でもなく。


 養子に出され虐待を受けた玉座に座ることのない世継ぎでもなく。


 ついには、正式な世継ぎとしてその身を宮中に置けるようになったのだ。


 あっけない終わりだった。


 地獄の代償が彼にあたえられることもなく、彼を苦しめつづけた叔父は自分の幸せだけを望んで自決した。


 そして自動的に、地獄の底から彼は出た。


 地獄の底で息をするには手放すしかなく、持っていなければならなかった失ったものを、そこに置き去りに。


 あっけない終わりといえばそうだった。


 あっけなかった。


 日が沈んでまた昇るように、彼は当然のように自由になった。


 ただ、彼は不自然だった。


 国民が君主の死に嘆き、涙にくれるなか、彼は平然としていた。ただ立っていた。 


 時が経とうとも癒えることのない傷を抱えながら、彼はしばらくの間、ただ息だけしていた。



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