この卑しき地上で

北浦十五

33333番目の惑星



一時いっときの雨上がりの森は新緑がとても綺麗きれいで、それを見るアタシの心を苦くていやしいものに変えて行った。






西暦2022年 5月



私はこの星の住民が「地球」と呼んでいる惑星ほしに来ていた。


私は天の川銀河の中でも余剰次元よじょうじげんに属する知的生命体である。


この余剰次元を地球に住む人間に説明するのは難しいしメンドクサイので、地球人類よりも進化しはるかに高いテクノロジーを持つ生命体として理解してもらおう。


この天の川銀河の中でも私達と同レベルの余剰次元知的生命体は100種くらい存在する。


その中には意思疎通が出来ないモノもいるし、そもそも生命体と言えるのかどうか判らないモノもいる。


それで意思疎通が出来る知的生命体75種類で連合体のような「組織」を作っている。


要するに、この銀河系に発生した知的生命の存在する天体がより良い進化を遂げるように見守って行こう、と言う訳だ。ていの良い監視とも言える。


基本的には見守るだけだが、その知的生命体があまりにも出来が悪い場合。

自分達を誕生させた天体にかなりの害悪を与えると判断された場合は私のようなモノが派遣はけんされる。

地球人類の言葉に例えるなら「探偵」だろうか。


ただ、私のやり方は少し強引な所もあるので「組織」の中には私を問題視しているやからもいるらしい。

私は最も効率的な方法をしているだけだ。

問題視している連中は私の「組織内の地位」が上がるのをねたんでいるだけだろう。気にするような事では無い。





「ローザちゃぁん!何処どこぉ?」



甲高かんだかい少女の声が私を呼ぶ。


ローザとは、この少女が私に勝手につけた名前だ。


少女の名前はじゅん

この惑星の日本と言う国家では中学3年生と言う肩書かたがきを持っている。

純は祖母と一緒にこの片田舎に住んでいたらしい。


純が小学6年生と言う肩書の頃、彼女の両親は仕事の為に此処ここからから離れた地方都市に住居を構えた。

純は祖母が大好きだったので両親とは離れて祖母と一緒にこの片田舎で暮らす事を決めた。純は実年齢よりもしっかりとした人格を持っていたので、両親も「この場所から離れたく無い」と言う年老いた母親の願いを叶える為に純との同居生活を認めた。

純は往復1時間のバス通学をしていたが、2ヵ月前に祖母が心筋梗塞で亡くなったので来年は両親の住む地方都市の高校とやらに進学して両親と一緒に暮らすらしい。


上記の情報は純が私に勝手にしゃべったモノである。

私の容姿はこの惑星ではアラブ系と呼ばれる種族の10歳くらいの少女に当たる。

これまでに沢山の天体を訪れた私の経験則けいけんそくから言えばこの天の川銀河の中で発生した知的生命体は私やこの惑星のように「ヒューマノイド・タイプ」が圧倒的に多い。知的生命体が誕生する環境や進化の過程には相似性そうじせいがあるようだ。




「貴女、外国の人? 迷子になっちゃったの?」


これは私が初めて純と出会った時に彼女が発した言葉だ。


「・・・・・」


私は無言のままでいた。


「うーん、この村には警察官の人はいないし・・・どうしよう」


考え込んでいる純に私は服のポケットから用意しておいた封筒を見せた。


「あれ、日本語で書いてある? えっと、私達は難民です。ちゃんとパスポートもあります。しかし、このパスポートでは仕事は出来ません。誠に申し訳ありませんがこの子を1ヶ月だけあずかかって頂けないでしょうか? 1ヶ月後には必ず迎えに参ります。勝手なお願いである事は承知しております。娘は言葉をしゃべるる事は出来ませんがご迷惑をおかけするような事はありません。どうか、どうかお願い申し上げます。か」


純はパスポートのコピーを確認しながら考え込んでいる。


「迷惑はかけないって、これはもう充分に迷惑だと思うけど。うーん」


私はここぞとばかりに目に涙をあふれさせ、すがるような目で純を見上げる。

この惑星に着いて1週間。

この子が1人暮らしで情とやらにもろい事は調査済みだ。


「まぁ、メチャクチャ怪しいけどパスポートも本物みたいだし。あたしも1人はちょっと淋しくなってきたからなぁ。何かあってもスマホはギリ圏内だし。ま、いっか」


そう言って純は優しく私の頭に手を乗せた。


「お姉ちゃんと一緒に暮らす? 1ヶ月だけ、だけど」


私は涙を流しながら満面の笑みを浮かべて純に抱き着いた。


「そっかぁ、君もあたしと暮らすのが嬉しいんだね」


そう言いながら純も可愛らしい笑顔を見せる。


「君は耳は聴こえるのかなぁ? あ、でも喋る事が出来ない人は聴こえないから喋れ無いって何かで読んだし。君じゃ味気ないから何か名前を・・・」


またもや純は考え込んでしまう。

名前なんてどーだって良いんだよ!

私は!


「よしっ!君は今日からローザちゃん。よろしくね、ローザちゃん」


純は私の手を掴むと自分の家の方に歩きだす。

だから、名前なんかどーだって良いんだよ!

こうして私と純の同居生活が始まった。






「ホントにローザちゃんは水しか飲まないねぇ」



夕食後、純は頬杖ほおづえをついてもう何度も口にした事をまた口にする。


私は光合成で必要な栄養素は全て作りだす事が出来る。

そして、その光合成はこの惑星の植物より遥かに進化した優れたモノになっている。

問題は水だ。調べた結果、この日本と言う国の天然水が1番私の身体に適している事が判った。特にこの純の家の井戸水は私にとっては絶品と言えるモノだ。


この33333番目の要監視惑星ようかんしわくせいでは。


要監視惑星とは、その名の通り監視が必要な知的生命体が生息する惑星の事だ。

この惑星の監視者が「もう手に負えない」との事で私が派遣されて来たのだ。

私は井戸水と、この惑星の知的生命体との接触目当てで純に近づいた。


基本的に私と純は夕食の時間から翌日の朝までしか一緒に居ない。

彼女は往復1時間をかけてバスで中学校とやらに通学しなければならないからだ。

土曜日は高校受験とやらの勉強をする為、朝早く家を出て友達と一緒に両親の住む地方都市へ行く。そして、両親の家で泊まって翌日の夕食の時間に帰って来る。


これは私の仕事にとっては都合が良かった。

彼女が居なくなると私はこの惑星に来るのに使用したスペース・ワゴンの中で、この惑星の知的生命体の歴史や過去における活動および現在の活動状況を調べる事が出来る。前監視者のデータもあるが私は仕事については自分で調べるようにしている。

ちなみにスペース・ワゴンは純の家の近くのブナの森に隠してある。防音も出来る多次元たじげんシールドにおおわれているのでこの星の生物に見つかる事は無い。


純も最初は食べ物を全く食べない私に困惑していたが私が健康体である事から慣れてしまったようだ。そして、夕食の際には沢山の井戸水を用意してくれるようになった。夕食が終わるとテレビと言う視聴覚機械を見ている。この惑星の知的生命体の科学レベルはレベル5と言った程度か。これは平均的な知的生命体の科学レベルとしてはかなり高い方だ。


そう、この惑星の生態系を完全に破壊できる程に。


私がこの惑星の知的生命体であるホモ・サピエンスと言う種族を調べた結果、この種族はかなり出来が悪いと言わざるを得ない。

まず同じ種族同士で殺し合いをする。生きていく為にやむを得ず、と言うのならまだ判るがそうでは無い。自分達が快適な生活をする為に、自分達が多くの利益を得る為に、そして信じがたい事に自分が快楽を得る為に、自分の欲求不満の為に同じ種族を攻撃したり殺す場合もある。

他の生物に関しては言わずもがなだ。現在においては1年間で40000種の生物が絶滅している。


ホモ・サピエンスは集団で生活をする生命体として進化したようだ。その本能からか、やたらと群れを作りたがる。知恵と文明を手に入れた結果、その群れはどんどん大きくなり国家と呼ばれるモノを作り出した。この国家と言うモノが曲者くせものなのだ。個々の個体では考え無いような事を国家は考える。集団心理と言うよりも個々の脳以外に別の大きな脳を持ったようなものなのだ。

その大きな脳に支配された個々は普段では考えられないような残虐ざんぎゃくで残酷な事も行うようになる。他の天体の知的生命体も集団を作る例はあるが、この惑星ほど1部の個体に掌握しょうあくされ服従してはいない。


付け加えるならホモ・サピエンスの欲望には限りが無い、と言う事だ。この惑星でも労働の対価として貨幣かへい制度が普及している。そして、それを異常に欲するのがこの惑星の特徴だ。その異常性は気分が悪くなるほどだ。上記した同種族同士の殺し合いも現在では、その貨幣と言う利益を得る為に行われている傾向が強い。


最後に、この惑星にも神と言う概念がいねんは存在する。その概念をもちいて宗教と言うモノも存在する。それは個体の精神を安定させる効果もあるが、私が調べた限りでは1部の個体が多数の個体をしたがえ服従させる為に使われている可能性の方が高い。そして、現在ではこの惑星の神は「富と権力」だ。



以上が私の調べたこの惑星の知的生命体だ。

個体としてはマトモなモノもいる。このマトモと言う表現は私利私欲の為に他の生物を殺さない、と言う意味だと理解して頂きたい。

例えば私が同居生活をしている純と言う少女。


彼女はとてもすこやかな精神の持ち主である。

しかし、彼女はまだ子供であり成長した時に今の健やかさを持ち続ける事が出来るかどうかは未知数だ。

ただ、彼女が暮らしている村と言う少数の個体で形成されている集合体には成人してもマトモでいる個体は少なからずいる。要するに個体数が増えるほど厄介なのだ。



私はホモ・サピエンスを絶滅させなければならない。



これが調査の結果としての私の判断だ。

200年前なら何とかなったかも知れない。

しかし、現在の状況ではそれは不可能なのだ。


この33333番目の惑星の為に。

この惑星に生息する人類以外の全ての命の為に。


私はスペース・ワゴンの中で絶滅させる為の装置を組み立て始めた。

脳細胞を破壊するだけだから、それほど複雑な構造では無い。

そして、それは完成した。後は起動させるだけだ。






6月初旬のある日。



私は珍しく昼食を純と共にっていた。

と言っても私はいつも通り水を飲むだけだが。

私は純は殺さずに連れて行くつもりだった。純の体細胞からつがいとなるおすのクローンを作る。勿論、DNAは純とは違うように組み換える。まだ知的生命体のいない何処どこかの天体で間違った方向へ進んでしまったホモ・サピエンスがやり直せるように。


「ねぇ、ローザちゃん」


そんな事を考え込んでいた私にいきなりセーラー服のままの純が話しかけて来た。

ビックリした私は井戸水の入ったコップをひっくり返してしまった。


「ローザちゃん、あたしの眼を見て」


純はコップから流れ出る井戸水にはおかまいなしに、そう言って私の顔を覗き込んで来た。

純の目は異様に光っていた。

その眼を見た私の意識は急激に薄れて行った。



ザアァァァ



激しい雨の音で意識を取り戻した私は両手と腰に強い違和感をおぼえた。

私はこの家の大黒柱と呼ばれる柱に縛り付けられていた。

身体を動かそうとしても動かせない。


「目がめた? ローザちゃん」


そんな私に純が話しかけて来る。


「純!これは、どう言う事だ」


「あれぇ? ローザちゃん、しゃべれるんだぁ」


思わず叫んでしまった私に純は面白おもしろそうに笑う。


「ウソはいけないなぁ、ローザちゃん。いえ」


純は真面目まじめな顔つきになる。


Ωおめが138さん」


私は顔から血の気が引いていくのを感じていた。


「な、何故なぜその識別番号しきべつばんごうを!」


「アハハ、それはねぇ」


純は再び笑い出す。


「あたしがE能力者だからだよ」


「・・・E能力者。ESP能力者か!」


純は笑顔のままで言った。


「そう。33333番目の惑星風に言えば超能力者ね。あたしはテレパシーしか使えないけど」


私は愕然がくぜんとしていた。

目の前にいるセーラー服を着た、まだあどけなさの残る少女が超能力者だったとは。


「最初は苦労したよ、言語体系げんごたいけいが全く違うんだもん。でもそれで、この子は地球外生命体だって判ったんだけどね」


純はずっと笑顔のままだ。


「・・・お前は私をだましていたのか」


「騙す? どの口がそれを言うかなぁ」


純の笑顔が私にはとても恐ろしいモノに見えた。

これまでに感じた事が無い恐怖心が私の心をこおらせる。

鬼気迫ききせまる笑顔の純が決定的なセリフを私に浴びせる。


「ホモ・サピエンスをこの惑星から絶滅させようとしたくせに」



純のセリフを聞きながら私は違和感を感じた。

純がESP能力者なのは間違いないだろう。

しかし何故、私が目を付けた少女が能力者だったのだ? これは偶然とは思えない。最初から仕組まれていたのでは無いか?








「プッ、アハハ」


純がお腹を抱えて笑い出した。

可笑おかしくてたまらない、と言う感じで。


「・・・ハァハァ、ローザちゃん。あたしがホントに能力者だと思った?」


純は笑い過ぎたのか目の涙をぬぐっている。


「そんなワケないじゃん。あの人達に教えて貰ったんだよ」


「・・・あの人達?」


純が指さす方向に数名の人影があった。

それは私と同じ余剰次元知的生命体の「組織」の生命体だった。

しかも、あの制服は・・・あれは「特捜部とくそうぶ」だ。


「やり過ぎたな。Ω138。特捜部の権限によりお前を処分する」


特捜部の1人が私に銃のようなモノを向ける。


「ま、待て!私の調査済みのデータを見れば、私の正当性が判るはずだ」


「黙れ。そもそもお前に約80億の知的生命体を絶滅させる権限は無い」


冷たい声と共に引き金が引かれた。




一条の光と共に私の肉体は原子レベルで消滅した。






ドォォォン





アタシの家の近くのブナの森の中で爆発音がした。



ローザちゃんが使用していたスペース・ワゴンとやらが爆破処分されたのだろう。



雨はもう上がっていた。




「さてと。次はアタシの番? あまり痛い事はしないでね?」



アタシは特捜部とやらの人達に向き直る。



「心配するな。記憶を消去するだけだ」



相変わらずの冷たい声だ。



「ふーん・・・ウソばっかり。ホントはアタシも消滅させようと思ってるくせに」



アタシのセーラー服が風になびく。



アタシは両手を前方に差し出して言い放った。



「やれるもんなら、やってみな!」




ズドォォォン




さっきのローザちゃんの時よりも大きな爆発音がした。



「何だ?何が起きた?」



うろたえている特捜部とやらの人達にアタシは教えてあげる。



「アンタらが乗って来た宇宙船とやらを爆発させたのよ」



「何だと?」



数人がローザちゃんを消滅させた光をアタシに向けて放つ。



しかし、その光はアタシの前で弾き飛ばされる。



「お、お前は何者だ!」



アタシは小首をかしげる。



「さぁ? イエス、アラー、弥勒、ゼウス、オーディン、アマテラス? アタシにもよく判らない。でもね」



アタシは、ほうっと大きな息を吐く。



「アタシはこの惑星ほしとそこに生存する生命体を護らなきゃいけないの。それがどんなに出来の悪い生命体だとしても」



アタシは言葉を続ける。



「だから、アンタらには消えて貰う。アンタらは運が悪いとは思うけど同情はしない」




アタシが片手を振るとアタシの目の前の人影は消滅した。





アタシは後始末の為に家の外に出た。




雨上がりのブナの森の新緑がキレイだった。




アタシはこんな事をいつまで繰り返さなければいけないのだろう。





この美しくて卑しき地上で。










終わり




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