いかないで
ピッ_____ピッ__________
心電図が一定のリズムで音を奏でる。それは、まだ動いている証拠。川を渡っていない証。
このまま止まらないでいて、なんて淡い願いを、窓から見えるあの星々に伝える。
余命は残り半年、いや1ヶ月生きれば奇跡。
少し前に言われた医者の言葉が、未だに頭の中をグルグルと彷徨う。相変わらず私は、どうすれば彼が助かるのかを考えている。
残念だが正解は存在しない。
何をしようが時間の無駄。彼は助からない。
頭では理解しているが、当然そんなことは受け入れられない。人間とはそんな風にできている。
せめて、最後に話すことさえできたなら....
こう思うのは彼が二度と目を覚ましてくれないから。曰く、植物状態、らしい。
それを言われた時、私の頭の中にはもう、暗闇しか記憶がなかった。そして、同時に後悔していた。
あの日、喧嘩なんてしなければ。
私が家から出ていかなければ。
彼が追いかけて来なければ。
私が周りをよく見ていれば。
彼が私を庇おうとしなければ。
頭の中で言いようの無い、ドロドロした感情が溢れ出てくる。
今でも鮮明に思い出せるのだ。私を突き飛ばした彼の必死な顔が安堵に包まれた瞬間。そして、冷たい鉄の塊が彼を無慈悲に……
わかっている。彼は悪くないし、勿論のことだが車の運転手も悪くない。
悪いのは、私。なんて愚かな女でしょう。
あの時、彼を愛していながら。一生尽くすと決めていながら。私は何もできずに、ただ呆然と座り込んでいたのです。
もし、私が助けを呼ぶのが1秒でも早ければ、彼は今も元気に笑っていたのでしょうか?私は救われていたのでしょうか?
私は愚か者です。愛よりも、悲しみが勝ってしまう冷たい女なのです。
永遠の愛を謳っていながら、刹那の哀に酔ってしまう異常者なのです。
そして、私は今。病院の屋上にいた。
あの病室にいると、気がおかしくなってしまいそうだから。
何もせずにただ、夜の星空を眺める。
こうしている間は、愛も後悔も怒りも何もかも、全部忘れてしまえるから。
名も知らない星々だけが、私を時間から解き放ってくれる光を見出させてくれるのです。
でも、時間がきた。
何が来たのかは、私でさえ知らない。コレは直感のようなもの。もしくは神様が授けてくださった託宣に違いがなかった。
私は無意識にフェンスを乗り越える。そして、意味もわからずに飛び降りた。
空を見上げながら、私は走馬灯というものを感じていた。
暗闇に閉ざされて、見えなくなっていた彼との思い出。その一瞬一瞬が全て、煌めいて見えて思わず涙を流す。何気ない1日すら黄金に勝る価値があり、特別な1日は誰かを殺してでも手に入れるほどの価値がある。
ああ。あゝ。嗚呼。なんと素晴らしい、日々であったことだろうか。今さら悔いなんて感じれる筈もなく、最後の思い出に身を任せ、私は幸せだった。
ふと、別の方向を見てみると彼の病室だった。
___そこで、時が止まった。
彼は起き上がっていたのだ。
何と言うことだろう。星々は願いを叶えてくれたのだ。事故の前と何一つ変わらない彼を死ぬ前に見せてくれた。十分だ。後悔はやはり、無い。無かった筈なのだ。
彼と目を合わせてしまうまでは、そう思っていた。
次に思い出したのは、覚えのない日々。今までと変わらないけれど何故か知らない景色ばかりだった。戸惑い、困惑していると最後に素晴らしいものを見た。
私は真っ白なウェディングドレスを見に纏い、彼は真っ白なタキシードを着ていた。そして私は彼に、指輪をはめられ、次に誓いの……
なぜ私は飛び降りているのだろう。
彼の消失に耐えられなかったから?答えはノーだろう。
私は悲劇のヒロインを演じたかったのだ。
なんて醜い女の子!なんて馬鹿な女!!なんて救いの無い女!!!
どれだけ自分を罵倒しても、時間は戻らない。それに気づいた時、私はさらに大量の涙を流す。
けれど、せめて。最後に彼に伝えたいことがあった。
刹那。だけども永遠になるように。私は口を開く。
愛しています
最後まで彼に伝わったかは知らない。そもそも意味をわかっているのかもわからない。
だって、私が最後に見たのは星々の明かりでもなければ、彼の笑顔でもない。
ただの、血に濡れた空だったのだから。
幻想のゴミ箱、或いは短編集 @kerokero9
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