別れ

「ねえ、覚えてる?私たちがあった時のこと」


 目の前で、血だらけで倒れているは、どこか嬉しそうで、そして今にも消えてしまいそうな声でそう言った。


「ああ...忘れるはずがないよ」


女の声とは逆に、男の声には、感情らしいものは一切無く、冷酷とも思えるものだった。


「ふふっ。そう。貴方は覚えているんだね。私はもう、忘れちゃった。確か、ロストの森で迷子になった時だったかしら?それとも、グローリー城のパーティに誘われた時?ひょっとして、死の洞窟で死にかけた時かしら?」


 光の灯らない目で、女は楽しそうに次々と間違いを放った。

 何もおかしなことではない。彼女は元からこうなのだ。少なくとも俺と会った時から。


「...もっと昔だよ。はぁ...俺は個体認識すらされてなかったのか?」


「ふふふふっ。ごめんなさい。でも私がコンナノだってことは貴方が一番知っているでしょう?」


 イエスの言葉を返す必要もなかった。それだけ二人は心を通じ通わせていたのだから。

 女はまた嬉しそうに続ける。


「小さい頃からずうっとそうだったわ。いつも近くに誰かがいる気がしたの。しかもおんなじ気配の人が。今思えば貴方だったのね」


 彼女は人のことを覚えるのが苦手らしい。

 これはいつだったか、酒の席で聞いたことだ。

 彼女は幼い頃、既に自分以外の人がみんな同じに見えたらしい。姿だけでなく、声すらもだ。

 だからはやくして、人との繋がりを絶ってしまった。そんな孤独な姿を見て、私は幼なじみとして、彼女に出来るだけ寄り添ったつもりだったが意味はなかったらしい。

 私の親切、愛情、おせっかいは彼女の中では救いにはならなかった。


「鬱陶しかったわ。ハエが何回払っても払っても、しつこくまとわりついて来た気分だったの」


「...うん。そうだね」


「貴方、ごめんなさいね。こんな私で。私がおかしくなければ、狂わなければ、貴方に殺されることも無かったのに」


「……………」


 男は声も出なかった。いや、出せなかったのだろう。そのあまりの救いのなさに絶望し、男は全てを終わらせることを決めた。

 女に向かって歩みを進め、近くまでくると剣を抜き、彼女の心臓に突き立てようとした。


「ねえ、貴方?」


 思わず、動きを止める。もう言うことは無いと思っていた。


「こんな私を、赦してくれる?」


「...もちろんだよ」


「そう...ありがとう。それじゃ、サヨウナラ」


 男は今度こそ、女の胸に剣を突き立てた。

 そして二度と、二人が会話をすることは無かった。

 

 


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