幻想のゴミ箱、或いは短編集

@kerokero9

 何度も筆を持った。

 何度も筆を折った。

 何度も筆を買った。

 何度も何度も何度も繰り返した。

 けれど、どれも、至らなかった。


 始まりは、高校一年の時。

 ふとした拍子に目に止まった本があった。

 それはありきたりな恋愛小説。何かが他と異なっているわけでもない。けれど、そんな普遍のものに僕は惹かれてしまった。

 しっかりとした起承転結、情景描写、飽きることのない語のレパートリー。そして、まるで現実かのように思えるほどの圧倒的な綴り。

 思わず、涙した。それまで、普遍だった僕のあり方はこの時から、小説に捧げられることになる。


 書いてみて、初めてわかる。この世界は決して甘くない。圧倒的なボキャブラリーも無ければ、思わず思い起こさせるような表現もできない僕が、初めて書くその小説はまさしく素人のそれ、と言ったものだ。

 しかし、それがなんだ。自分の処女作を読んだ時、湧きあがったモノは、後悔でもなければ不快感でもない。達成感だ。

 その時の自分は、ただ上手い小説を書きたいわけではなく、まるで幼子の落書きのように、好きに書きたかったのだ。

 

 自分の執筆活動が始まって早四年。自分は国立大学の文系に進んでいた。

 勉学に励み、友を作る。普通のあり方だ。

 ある日、初めて小説のコンクールに応募した。本当に突然の事だった。

 高校の時は自分にはまだ早いと、言い聞かせ必死に我慢していたのだ。その押さえつけた感情が爆発した。PCをテーブルに置き、ひたすら物語を綴る。丸二日間かけて、できた物は決して良いものとは言えない。でも自分はそれでも満足していた。


 結果が返ってきた。当然、落選。

 仕方ないと思う我、悔しいと思う我、やり切ったと思う我。様々な葛藤に心を軋ませ、これを糧に自分は更なる高みへと昇ることを決意した。


 この頃から、僕の執筆は趣味ではなく、本気のものになり始めた。

 朝起きて小説を書く、学校に行って小説を書く、夕方帰ってきて小説を書く、寝る前に小説を書く。

 こんな生活を大学卒業まで続けた。そしてその間応募したコンクールには全て落選していた。


 社会人になり、働き始めるとその身を持って社会の厳しさを知った。小説など書く暇すらない。最初はあまりの多忙さに、心が摩耗していくだけだった。

 だが、代わり映えしない毎日。心を殺して仕事に従事していると気がつけば一生分の稼ぎが手に入っていた。

 それに気づき、すぐ仕事を辞めた。

 それからというもの、家から出ることはなく、ただ幻想を綴る毎日。

 あれだけ楽しかった執筆も今ではただ書くことが目的になってしまっている。

 床に散らばった原稿用紙の数が万を超えた時、自分の一生を否定された気がした。

 最後にしよう。

 そう思ったのは、もう壊れているからなのか。

 間違いなく、最高傑作。それは美しい幻想、見るものを魅了する夢のかたち。

 それを遺書がわりに机の上に置く。

 久しぶりの満足感に駆られ、瓶の中の睡眠薬を一気に流し込む。

 ソファーにうなだれて、刻一刻とその時を待つ。溶けつつある僕の意識は、消えたことさえ認識できずに、深く深く、沈んでいった。


 彼の残した最高傑作は、彼の遺書の希望通り、全国的に出版された。今やその本を知らぬ者はいない。

 題名を

 人は、死ぬ時こそが最も美しい。

 その内容に感化され、多数の自殺者を出した文学史上、最低最悪の異名で語られる、本の形をした禁忌だ。

 

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