第22話

   二十二

     シカゴ 七時五十二分

 シルバーカラーのセダンがビルの前でゆっくりと止まった。運転席側のドアが開きアサが降りてきた。流れるような手つきで左右の後部座席の扉を開くと、中から肉がはみ出した。左側のドアからは筋骨隆々の黒人男性が降りてくる。少し場違いな黒のタンクトップ姿だ。綺麗に剃り上げられた顎を刺すって辺りを見回す。反対側ではアサの手を借りて洋洋が降りてきた。まだ二回目なのでどうも扱い方がわからない。

「アサ、僕がやるよ」

 黒人男性が名乗り出た。

「ピーターさん。大丈夫ですのでお先に上がっていてください。みなさん待っていますよ」

 相変わらずの無表情でやんわりと断る。

「そうですか?いやでも僕の方がいいですよ。ほら」

 自慢の筋肉を見せる。はち切れんばかりに筋繊維が詰まった腕は大量の熱を放っている。

(早くしてくれない)

 洋洋がイライラしながら催促する。

(申し訳ありません)

 一歩一歩歩みを進めていく。突然自分の体にかかる重圧が一気に軽くなった。ピーター・グライムズが洋洋を持ち上げたのだ。

「早く行きますよ」

 自分を軽々と持ち上げられて驚きと苛立ちを露わにする。

「すいません」

 踵を返してビルに向かって行く。その後をピーターが洋洋を担いで追いかけて行く。その光景を見ていた道ゆく人たちは驚きながらも無理矢理納得して再び歩みを進めて行く。

 

 広い大広間に集められた総勢二十七人の男女。その中にも痩せた者や太った者、白人や黒人や赤人、黄色人、青人等多種多様な人種がいる。白を基調としたその大広間は天井が約五メートルと高く、又奥行きが約二十メートル、横幅約十メートルと、なっていて壁と天井には照明だけで他には何もない簡素な造りだ。各々、面識のある者同士で世間話をしている。子供が産まれたや強盗犯を捕まえた等幅が広い。突然大広間の後方で扉が開く音がする。一同音の方向を一瞥し、整列しだした。扉からはスーツ姿のヨルトが現れ、その後ろでアサが何やらタブレットを見せている。

『遅くなってすまない』

 全員の前に立ち演説を開始する。

『少し立て込んでいてね。君たちに集まってもらったのは他でもない、最後の仲間集めだ。しかし、皮肉なことに日本人だ。私達の誘いをことごとく断り、悪者扱いをする者達だ』

 一人の青年が挙手をする。

『どうした、ロバート』

『いや、日本人って言ってましたけどMs.ミヤビの他にもいるんですか?』

 十数人が確かにと首を縦に振った。

『……ここにいる大半の人は知らないだろうが、過去にもう一人だけ日本人がいたんだ——

 

     シカゴ 七時四十六分

 大量の砂と小さい虫が付いた車体が滑るように道を走って行く。

「慣れたけどやっぱり気持ち悪いな」

 不満を漏らしながらハンドルを切る。

「ここの角を次左です」

 助手席に乗った三村がスマートフォン片手に道案内をする。スマートフォンではあと二キロメートルで目的地に着くと表示されている。後部座席では伊藤が虚な目で窓の外の左に流れていく景色を眺めている。外では田舎のような街並みから都会の街並みに切り替わったところだ。景色を見ている伊藤の目はどこか違う場所を見ているようだ。

「もう少しで着くぞ」

 ミラー越しに伊藤を見ながら花澤が言う。その声により現実世界に戻ってきた伊藤はいつもの元気を取り戻した。

「ほんと?」

「あ、次右です」

 指示通りに車を進めていくと球形のモニュメントが見えてきた。

「あのビルですね」

 三村がその鎮座モニュメントの後ろのビルを指差す。ビルの前の道路脇には黒とシルバーカラーのセダンが止まっている。黒のセダンの後方二メートル程に車を停めて降りる。車に鍵をしてもう一度ビルを上から下まで眺める。

「だいたい保護って大使館とかですよね。大使館には見えませんよね」

 名刺を手に、モニュメントを観察する。

「PEACEって書いてますね」

 ガラス張りの入り口から中の様子をチラッと伺う。

「約束の時間まであとどのくらいですか?」

 伊藤に言われ三村は腕時計を確認する。

「ちょうど五分前ですね。もう行きましょうか?」

「そうだな」

 花澤を先頭にビルの中へと入って行く。

 ビルの中は空調が冷房が効いているのかひんやりとしている。磨き上げられた床のタイルはもはや鏡のようだ。受付では黒人女性が黙々と何やらパソコンに打ち込んでいる。

『すみません』

 三村が引き腰で話しかける。

『はい、なんでしょうか?』

 胸元には名刺と同じ文字でアサ・ストーンマン・デドモンと書かれている名札が光っている。

『先日お電話した三村という者なんですけど……』

 真っ白な歯を見せて笑顔を作る。

『Ms.ミムラですね。お話は伺っています。どうぞこちらへ』

 そう言うとアサは立ち上がり右手にあるエレベーターの前に移動した。

『貴方方がお探しになっている女性がここにいらっしゃるといいんですが』

 今一度ほっとした三人を背にアサはじっとエレベーターの回数が一になるのを待っている。

 到着音と共に扉が開くと中には一人の男性が立っていた。

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